蝸牛地帯 ルースカヤ・ファンタスチカ 光が丘Walker

独り言……

もし宜しければサブテキスト(^^;)として同居人の「monologue」もどうぞ.
●他の大野の記録――書き捨て日記「こんな日々を送っている」 | blog「大野の日常
2008/8/17(日)

 靖国参拝推進派は「戦没者に対してお祈りをして何が悪いの?」という。
 戦争を美化し、A級戦犯までも「英霊」として祭り、「自爆兵器」が展示してあるような神社のどこが「単なるお祈りをする場所」なのだろうか? プロパガンダの固まりじゃん。
 そんなに個人としてお祈りをしたければ、自分の信じる宗教の施設に行けばいい。なぜにわざわざ九段にある、特定の神社でなければならないのか?
 最初の問いに対して、私は、「場所の性格を考えてから答を言え」としか言えない。


靖国神社参拝 政治家の歴史認識を問う (琉球新報

 靖国神社とは何か。ことしも現職閣僚をはじめ小泉純一郎元首相、安倍晋三前首相らが、終戦記念日に参拝した。
 「公式参拝」は違憲の判決もある。政教分離(憲法20条)や玉串料など宗教組織への公金支出の禁止(同89条)などが、その論拠となっている。
 憲法違反の疑いがあっても、閣僚たちは靖国参拝を行う。そこに、日本の保守政治家の歴史観や価値観が垣間見える。
 戦後、首相として終戦記念日に靖国神社を参拝したのは、三木武夫、中曽根康弘、そして小泉純一郎の3氏である。
 いずれも中国や韓国を中心に「過去の軍国主義を美化するもの」などの反発を買った。
 2001年8月の小泉元首相の参拝は、「靖国公式参拝訴訟」として福岡地裁に提訴された。
 司法は「参拝は公的な性格で、憲法が禁ずる宗教活動に当たる」と、違憲判決を出している。
 それでも当時の小泉首相は「国のために尊い犠牲になった方々に対する追悼は自然なこと」と、参拝を続け、中国の反日感情を刺激して、日中関係を冷え込ませた。
 米国に次ぐ最大の貿易相手国に成長した中国との関係悪化にたまらず、06年5月には経済同友会が小泉首相に参拝中止を提言したほどだ。
 外務省は、首相の靖国参拝を「過去の植民地支配と侵略を正当化しようとするものではない」と釈明したが、アジアの懸念を打ち消すには不十分だった。
 靖国参拝問題には、もう一つ「A級戦犯合祀」問題もある。
 1978年、極東国際軍事裁判(東京裁判)で侵略戦争の責任を問われた東条英機元首相ら14人が靖国神社に合祀された。
 戦後数年ごとに靖国参拝を続けていた昭和天皇も合祀に不快感を示したとされ、75年を最後に合祀後は現天皇も含め参拝を中止している。参拝を続ける閣僚、政治家らはA級戦犯合祀問題をどう受け止めているのか。
 今年は靖国神社を舞台にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が、国会議員や右翼団体の抗議で上映が中止になるなど、表現の自由とも絡んで波紋を広げた。
 福田康夫首相は、近隣諸国への配慮から参拝を控えた。しかし、保岡興治法相、太田誠一農相、野田聖子消費者行政担当相ら閣僚が参拝している。
 靖国参拝問題は、日本の政治家にとって侵略戦争に対する歴史認識を問う「踏み絵」の感すらある。
 福田首相はアジア諸国の信頼を損なうことがないよう、A級戦犯分祀や宗教色のない新追悼施設の建設など、抜本的な解決に前向きに取り組む時期に来ている。


2008/6/10(火)

 私は何のために体を鍛え、技を磨いているのだろうか?
 喧嘩のためではない。この安全な日本で護身ということを気にした事はない。
 でも、いきなり斬りつけられるという事態に陥った場合、私に何かできるのだろうか?と考えると、少し虚しくなる。予期せぬ所から刃が来る、後からいきなり刺される……。防ぎようがない。
 スポーツとしての武道はもう卒業した。生涯武道として、道を究めて行く覚悟でいる。でも、何のために?
 まあ、楽しみのため、というのが最も大きな理由なのだが、でも、暴漢がいた時、取り押さえることはできるとしても、いきなり襲われたらさすがに防御するのは無理だろう。
 これがバレーボールとかだったら悩まないのだが、事が武道だの格闘技だけに、ちょっと悩んでしまうわけである。


2008/4/2(水)

 圧力に負けてはならない。暴力や威嚇を背景にしたものなら、なおさらである。
 暴力によって言論が封殺されるなど、あってはならない。
 意見を言う者は、最初からその覚悟がなければならないと思う。
 でなければ、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、映画など、自由に流せない。
 威嚇や暴力で言論を封殺するなど、最低の行為だが、その圧力に負けて自主規制してしまうのも、言論に関わる者としては最低の行為であり、負けであると思っている。


天声人語 (朝日新聞

 米国で封切られたチャプリンの「殺人狂時代」(47年)は散々だった。宗教界や在郷軍人会が「倫理に反する」「共産党シンパだ」と映画館に圧力をかけたためだ。ほどなく赤狩りの嵐に覆われるこの国は、彼を「追放」する▼20年後、チャプリンは再び米国の地を踏んだ。アカデミー特別名誉賞の授賞式である。それは希代の映画人と、表現の自由を守れなかったハリウッドの謝罪にほかならない▼中国人監督のドキュメンタリー映画「靖国」を上映するはずだった五つの映画館が、中止を決めた。不測の事態を警戒しての結論だという。終戦記念日の参拝風景などを撮った作品は素材提供に近いが、国会議員向けの試写会が開かれ、政治色を帯びた▼右翼の抗議を怖がり、日教組の集会を拒んだホテルと同様、あるいはそれ以上に、メディアの一翼を担う映画館の萎縮(いしゅく)は深刻だ。あらゆる表現や言論、批判が出会うべき場が、近所迷惑になるからと自ら幕を下ろしては議論さえ始まらない▼面倒はいやだと縮こまる。ネットで匿名の中傷を浴びせる。そんな風潮を含めて、時代の空気は少しずつ危うくなっている。一人、また一人と嫌がらせに譲れば、筋を通す者に街宣車が群がるだろう。勇気ある者をどう支えるか。メディアの端くれとして、ここは踏ん張りどころと肝に銘じたい▼靖国の桜はきのうも満開だった。北風に花びらが舞うが、多くは揺れる枝にしがみついている。花見の名所の木々らしく、週末までは散るまいという意地なのか。風に負けてはならない時がある


2008/3/26(水)

 「良心に基づく不服従」。これも信念であり、認められている自由であるはずだ。
 大勢の中で一人だけ違った行動をするには勇気がいる。だが、自分の信条・良心に忠実であろうとすれば、その勇気は得られる。
 今、人に何かを押しつけられるのではなく、「自分で考えて判断する」こと、そして「結論に対しては自信を持ち、言動や行動に関しては責任を取る」ことの重要さがないがしろにされているように思える。
 日本政府が何か言ったら、それが正しいのか? 国だって間違う。過去にそんな事例はたくさんある。他の国を批判しながら、自分の国だけは間違っていないなっていう楽観主義は通用しない。それは単なる思考停止にすぎない。
 だから、自分で調べ、考え、判断し、行動して、結果には責任を取る。それこそが本来の自由市民としての在り方ではなかったのか。それをしなければ、何のための参政権だろうか。
 私は、良かれ悪しかれ、自分で考えて行動している人は非難しない。たとえ、その意見がぶつかることがあろうとも、それを認めたうえで批判はするかもしれないが、貶める事はマナー違反だと思っている。
 だが、考えない、鵜呑みにする、人の考えに便乗して騒ぐだけ、テープレコーダーのように同じ事しか言えない、まともな反駁ができないという人に対しては、もうなすすべがない。
 議論も無く、一方的な命令に従うような人が教育者であって良いのだろうか? 教育者こそ、「自分で考える事の重要性」を教え、実践してみせなければならないのではないか。
 今の事態は、明らかに異常だとしか思えない。


記者の目:君が代 不起立で処分される教師 (毎日新聞

 卒業式で「君が代」が斉唱される約1分間の不起立を理由に今春、一人の東京都立校教師が学校から追われようとしている。卒業・入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施するようにとの指導が強まり、反対してきた教師が次々に起立・斉唱に転ずるなか、この教師は、自らの良心に従って不起立を貫いてきた。その姿は、周囲をうかがい迎合するのではなく、勇気を持って行動することの大切さを教えているようにも見える。この静かな不服従に東京都教育委員会が免職や停職処分で臨むことは、はたして適切な教育行政なのだろうか。
 教師の名は根津公子さん(57)。都内の公立中で家庭科を教え、平和教育にも取り組んできた。昨春から都立南大沢学園養護学校で勤務している。
 根津さんは不起立の理由を「『自分の頭で考えて、おかしいと思ったら、やらない。正しいと思うことだったら、一人でも行動すべきだ』と生徒たちに語ってきた自分の教育に反してしまうから」と説明する。
 根津さんの不起立に対する都教委の処分は、05年3月の卒業式で減給10分の1.6カ月▽同年4月の入学式で停職1カ月▽06年3月の卒業式で停職3カ月▽07年3月の卒業式で停職6カ月--と加重されてきた。停職6カ月より重い処分は免職しかないため、24日の卒業式でも起立しなかった根津さんへの免職処分が懸念されているのだ。
 卒業・入学式での日の丸掲揚や君が代斉唱は、99年の「国旗・国歌法」成立以降、文部科学省の強い指導もあって、全国的に実施されるようになった。それでも反対はあり、文科省によると06年度に不起立やピアノ伴奏の拒否など国旗・国歌を巡り処分された教職員は全国で98人にのぼる。しかし、教育現場からの排除を意味する停職処分を出しているのは東京都だけだ。国旗・国歌法成立時の官房長官だった野中広務・元自民党幹事長も「東京の処分は間違い。私は答弁で、人の内心まで入ってはいけないと言った」と批判する。
 不起立は、根津さん個人の思いに基づく行動だ。
 日本教職員組合(日教組)は94年まで「君が代は、歴史的役割、歌詞が国民主権の憲法に違反しているので反対。日の丸は、国の標識としてあることは事実だが、学習指導要領によって学校に強制することには反対」との運動方針を掲げてきた。しかし、村山政権発足を機に、95年に文部省(当時)との関係を協調路線に転換、反対方針をおろしている。根津さんの加盟する日教組傘下の東京教組は、反対方針は変えていないものの、反対行動の提起はしておらず、処分に伴う経済的損失までは「支援できない」という姿勢だ。
 こうした中、都教委は03年10月23日付で「教職員は、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」ことや対面式の会場を認めないなど、卒業・入学式の国旗掲揚や国歌斉唱方法などを細かく定め、その実施を命じる校長の職務命令に従わない場合、服務上の責任に問われることを明記した「10・23通達」を出した。対象は都立校だが、都内の市・区教委などへの影響は少なくない。それまで反対していた教員も起立・斉唱することが多くなった。不起立を貫く教員は目立ち、さらに締め付けは強まった。不服従のシンボル的存在になった根津さんは今年2月、日の丸・君が代強制に反対する意味の文言が書かれたトレーナー着用を巡り、脱ぐようにとの職務命令に違反したとして都教委から事情聴取された。命令を出した養護学校長に、他の教師が着ていたら同様の命令を出すのかと聞くと、返事は「答えられない」だった。
 君が代不起立は、授業をしないとか、生徒を傷つける言動を繰り返すといった事案とは異なる。処分を巡る司法判断は分かれるが、「10・23通達」を違憲とした06年9月の東京地裁判決が「皇国思想や軍国主義の精神的支柱として用いられ、現在も宗教的、政治的に価値中立的なものと認められるまでには至っていない」と君が代について指摘したように重い歴史のある問題だ。
 大阪府内のある学校の卒業式で、「強制反対」と声を上げた教師が威力業務妨害で告発される「事件」を取材したことがある。立件されることはなかったものの、異様な力を感じた。
 私たちは、多くの命が奪われたアジア・太平洋戦争から、「お国」も間違うことを学んだ。国旗・国歌はそれぞれ歴史を持つ「お国」の象徴だ。国民それぞれに思いがあるのは自然だ。
 「良心に基づく不服従」への処分は、東京都だけの問題ではない。日本社会のありようが問われている。


2008/3/17(月)

 今日の「産経抄」。また右翼語で書かれているので意味不明。
 最初に共産党憎し、中国憎し、何もしない国会議員憎しで書かれていて、共産党員とか国会議員、中国国民の中にもいろいろな考え方をしている人がいるという視点がまるっきり無い。
 だいたい、国会議員が中国大使館に押しかけてデモやったら国際問題になるのにね(^^;
 こういう一方的な非難を読んで、共感できる人の感覚が理解できない。
 あ、私個人は、中国のしている事は許し難い言語道断の暴挙だと思うけど、こういう問題に対する国レベルでの抗議って、注意深く慎重にやらないと、かえって反感を買って問題を大きくするから、感情論が先に来る非難はやめたほうが良いと思うんだけどなぁ。


無神論者の共産党員にはピンとこないだろうが、因果応報とはこのことだ。19年前、チベットの漢民族支配に抗議するラマ僧のデモが頻発し、事態収拾のため自治区書記に派遣されたのが、若き日の胡錦濤国家主席だった。
▼胡氏は、ラサに戒厳令を敷き、強硬路線を前面に押し出して騒乱を鎮圧した。このときの“功績”が認められて出世の階段をかけあがっていくのだが、北京五輪の大事な年にチベットで大騒乱が起きた。主席として最高の晴れ舞台を目前にはらわたが煮えくりかえっていることだろう。
▼現地では外国メディアの取材が厳しく制限され、正確な情報はなお乏しい。だが、中国国営テレビが流した銀行や商店を襲う人々の顔つきだけをみてもチベット人の怒りの激しさがわかる。
▼世界の鉄道ファン垂涎(すいぜん)の青海チベット鉄道開通以来、ラサへの観光客は飛躍的に増えた。しかし、もうけているのは漢民族が経営するホテルや土産物屋ばかりだという。漢民族の移住者も増え、日に日に強まる中国支配に人々の忍耐も限界にきたようだ。
▼それにしても日ごろ国会の内外で、「人権、ジンケン」と声高に唱えていらっしゃる方々の声がチベット問題では小さいのはどうしたことか。今国会に人権擁護法案の上程を考えておられるセンセイたちは、与野党問わず「チベット人の人権を守れ」と中国大使館に押しかけても不思議ではないのに、そういった話は寡聞にして聞かない。
▼そうじゃない、というのなら行動で示してほしいが、ここは一番、親中派の福田康夫首相の出番だ。電話でいいから胡主席に自制を求め、ダライ・ラマ14世とじっくり話し合うよう勧めてはいかがか。これなら日銀総裁のように国会承認も要らないですよ。


2008/2/26(火)

 平成九年まで、日本に土人がいたということはご存じの通り。そう、アイヌ民族である。「北海道旧土人保護法」という法律により、狩猟民族であったアイヌ人を強制的に農耕民族に変えさせ、そして土地を奪った。
 明治にできた法律だが廃止されたのは平成になってからである。明治、大正、昭和、平成と、永きに渡って独自の文化を伝承し、独立した民族であったアイヌ人を、「土人」と言ってきたのである。
 強制的な同化政策は、当然、アイヌ人に屈辱と恨みを与え、その結果として無理矢理に信仰を強要された現人神としての日本の皇帝に対しての反感がたまった。北海道のアイヌ民族に関しては平成九年になってやっと法改正がなされたが、戦後に日本領では無くなってしまった北の旧領土に暮らしていた人々や、台湾に暮らしている少数民族の人々には、名誉回復の機会も補償も与えられていない。
 大和民族、アイヌ民族、琉球民族、朝鮮民族など、日本は立派な多民族国家である。
 大和人という単一民族が統一された象徴として飾られている、骨粗鬆症が判明した人は、この問題をいったいどう考えているのだろうか。側近が発言を止めているのだろうが、先祖代々にわたって君臨し、他民族を虐げてきた責任を本人がどう考えているのか、聞いてみたいものではある。
 何だか、朝からTVでみんなが「ご心配だ」と敬語で話しているのを聞いて、まあ確かにご老人の病気を心配するのは当然のことなのだが、ちょっとそんなに大事なのか、その人を快く思っていない人って大勢いるんだけど、と思ったので書いてみた。

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2008/2/11(月)


2008/1/19(土)

週刊文春 1月24日号
江原啓之 インチキ霊視!? 檀れいの「死んだ父親」が生きていた!

スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏の「オーラの泉」に女優・檀れいが出演。番組内で江原氏は檀れいの亡くなった父を「霊視」。
「お父さんは『宝塚音楽学校受験』を理解し、見守っていた」と話した。
しかし、この亡くなった父とは母と再婚した相手で檀の学生時代のことは知らない。
実際、檀の実父は今も生きていて、檀が宝塚に入学した頃まで一緒に暮らしていた。
江原氏はいったい誰を「霊視」していたのか・・・檀の地元の住人や友人らから疑問が噴出している。

壇れいが出演したのは昨年末の12月28日放送分。話題は宝塚音楽学校への進学へと及ぶ。
進行役の国分太一が「両親は反対されなかったなですか?」と聞くと壇は「『自分の好きな道に進みなさい』と小さい頃から言われていたので」とこたえる。そこに江原氏が「ふふふ・・・・そうじゃないです」と割って入った。
「いえ、そうなんだけどそれは女の子と思ってなかったからね・・・お父さんそう言ってるの」
「お父さんは寡黙な人だけど、寡黙にしてたのね、してただけで中身は要するにお見抜きですよ」
「だから『あぁ、また始まった。ま、思うようにやりなさい』と」と亡くなった父な声を伝えたのである。
そして宝塚の厳しい努力を積み重ねてきたという壇に、江原氏を通じて父から愛の言葉が届くという美談が続き多く視聴者が感涙にむせんだ。
ところが、この放送を見た壇の出身地の人々から疑問の声が噴出したのだ。壇の高校時代の同級生が語る。「彼女が『オーラの泉』に出るというので、楽しみにしていたんですが、江原さんが『死んだ父親』を霊視しているのでびっくりしました。壇さんのお父さんは、元気にこの町で生活していますよ。なぜあのような話になているのか、まったく理解できません」
壇の公式のプロフィールには、「京都府出身」とあるが、実際は高校を卒業し、宝塚音楽学校へ進学するまで兵庫県の小さな町で育ったという。
地元の住民が語る。「江原さんの番組は、放送当時、町で話題になっていました。その中でも、京都出身だと紹介されていましたが、間違いなくこの町出身です。小学校から高校までの同級生もたくさんいる。壇さんの家にはいろいろ事情があるようですけど、お父さんは、今も町役場で課長を務めています」
番組を見た地元住民は、おおいに落胆したという。
実は壇の母親は、壇が宝塚デビューを果たした後、離婚し、京都府出身の男性と再婚。その義父が、交通事故で亡くなっている。江原氏はいったい誰の声を伝えたのか。こんなところで『霊視』のインチキが馬脚を表した。
壇本人に話を聞いてみた。
「たしかに、兵庫の父は生きていますが、私が聞きたかったのは亡くなった父のことです」
しかし江原氏が伝える「父の言葉」は亡くなった継父が語ることはできないはず。
「私あの時は最初から最後まで号泣してましたよね。自分が今まで心に秘めてきたことを解ってもらって、言ってもらって、そのことで一杯だったし、涙が止まらない状態だったので細かい部分は覚えていないんです」と答えた。
ちなみに、江原氏は番組内で「壇れいの中身は男の子」という『霊視』を披露して、壇自身も「あっそうなんです!」と受け答えしていたが、実は壇は番組収録前に受けた雑誌のインタビューで、そのことをすでに話している。
記事のタイトルはスバリ「こう見えて、心は女、精神は男です」。
江原氏はこの記事を元に『霊視』したのではないかと勘ぐりたくなる。
そこで最後に誰を『霊視』していたのか、江原氏に質問したが、
「貴誌の編集方針に疑問があります。つきましては、貴誌の取材協力依頼は応じかねます」
との返答があったのみ。
いったい、いつまでこうしたインチキを続けるつもりなのだろうか。


2008/1/18(金)


 この子が「ひぐなく」の梨花役ということなんだけど、顔のイメージは合っているものの、原作では幼児体型だという点で無理がない?
 「梨花なのです。みぃ」。


2007/12/27(金)

 まだ残りはあるが、一応は御用納めの日なので、ご挨拶を。
 今年活躍されたこの人から。


2007/12/24(月)

 チキンが覚悟もなくイキがると、こういう事になるという例。突っ張るんなら、リスクを考えからやらないとね。

 ↓その結果。アホや(^^;
株式会社SGソリューションズ


弊社代表取締役の個人ブログに関してのご報告とお詫び

弊社代表取締役の個人ブログに不適切な内容が掲載され、関係者各位には多大なご迷惑をおかけして真に申し訳ございません。
本件については外部弁護士の立会いの下で調査および聴取の結果、今回問題となった書き込みに関しましては、当人は個人ブログにて安易な気持ちから、主に、伝聞、他の複数のWEB等に掲載されていた話、等に大きく創作を加え、あるいはほぼ全くの創作にて、自己の行為であるかのように書いていたことが判明いたしました。
弊社取締役会といたしましては、極めて不適切な内容であることから、社会的責任にもとる行為として当人に厳しく猛省を促したところでございます。また、当人の今後の処遇につきましては株主総会に諮り、決する予定であります。
今後はこのようなことの無いように、役員・社員について、厳しく社内を律して参ります。
世間をお騒がせし、真に申し訳ございませんでした。

2007年12月24日
株式会社SGソリューションズ取締役会


この度は、私の軽率な行為にて、関係各位、株主の皆様、また役社員の皆様に多大なるご迷惑をおかけいたしました。
謹んでお詫び申し上げます。
個人ブログの内容に関しましては、面白半分な安易な気持ちで、WEB等からの伝聞や矮小な事実を元に、誇大に膨らませて書き込みました。この点に関しましては深く反省いたしております。
弁護士および関係各位の皆様のご指導に従い、今回の件にてご迷惑をおかけする可能性のある、ブログに掲載した記事に該当する先には、本日昼過ぎまでに直接、あるいはお電話にて該当する皆様に連絡申し上げ、今回の事態をご報告し、謝罪いたしました。関係各位の皆様、本当に申し訳ございませんでした。
なお、関係各位のご指示により、当面の間、謹慎して反省いたすこととなりました。
今後はこのような事の無きよう、身を正します。
真に申し訳ございませんでした。

2007年12月24日
株式会社SGソリューションズ
代表取締役 脇保


2007/12/10(月)

 最近、心配になっていることがある。
 私に執拗なパワハラや嫌がらせをしかけて現在の持病を誘発し、健康被害を及ぼした人物が何かと夢に出てくるのだ。
 病状は良くなったので、自分の中ではすっかり「過去の事」だとして処理されているものだと思っていたのだが、最近は執拗に夢に出現しては、私に嫌な仕打ちをしかけてくる。
 思い出せば思い出すほど、病気は悪くなるだろうし、忘れ去りたいのだが、頭のどこかにフラッシュバックを起こさせる何かがあるのだろう。
 その要因が何なのか、皆目見当が付かないだけに、また病気が悪くなってしまうのではないかと心配している。


2007/12/8(土)

 何かとお騒がせの「徴兵制」について。


天声人語 (朝日新聞

 ジャネット・ランキンの名を知る日本人は多くないかもしれない。1880年に米国で生まれ、女性初の連邦議員になった。女性の参政権運動を率いたから、日本なら市川房枝さんのような存在である▼信念に満ちた平和主義者でもあった。66年前のきょう、日本軍は真珠湾を攻撃した。それを受けた議会の対日宣戦決議に、たったひとり反対票を投じた。議会は日本への憎悪を燃やし、上院は満場一致で可決した。下院は賛成が388、彼女だけがノーを唱えた▼この反対票で、ランキンは全米を敵に回す。非難が渦巻き、「売国奴」のレッテルを張られた。頼みの故郷からも、「あなたの味方なし」と電報が届く。その後、再選されることはなかった▼散ったかに見えた花は、しかし後世に種子を残す。数年前に故郷のモンタナ州を訪ねると、「信念の一票」を慕う女性たちが平和活動を続けていた。あの「一票」に、命を産む者の決意がこもっていると誇らしげだった▼〈徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢(ろう)に満つるとも〉。故・石井百代さんの歌が「信念の一票」に重なる。作者は多くの身内を戦争で亡くした人だ。当時、あっさり息子を差し出す気になった。その後悔を胸に、戦前回帰する風潮に決意をぶつけている▼石井さんは生前、小紙に「(戦争は)女親らしい、めめしさを持っちゃいけないと、ただそればっかり」だったと語っていた。勇ましいものに歯止めをかける。それはめめしさではなく勇気なのだと、2人の行動と言葉に思う。


2007/12/7(金)

 今日は関口さんから言ってもらいます。


2007/12/4(火)

 久しぶりにメモ。


教科書検定 撤回求め東京で集会 (沖縄タイムス

 【東京】沖縄戦「集団自決(強制集団死)」への日本軍の強制を削除した教科書検定意見の撤回を求める全国集会(主催・東京沖縄県人会、沖縄戦首都圏の会)が三日夜、都内の九段会館で開かれ、関東・関西など各地から約一千人(主催者発表)が参加した。
 文部科学省に(1)検定意見の撤回を可能にする検定規則の制定(2)教科用図書検定調査審議会で審議中の教科書会社六社による訂正申請を認めて記述を回復―などを求めるアピールを全会一致で採択した。
 渡嘉敷島で「集団自決」を体験した金城重明さん(沖縄キリスト教短大名誉教授)は「日本軍が天皇から授かった武器である手榴弾を配ったのは、住民への死の強要にほかならない」と自決の強制性を訴えた。
 一九九一年度の公民教科書検定で引用されたコラムに検定意見が付き、九六年度に文部省、厚生省(ともに当時)の謝罪を勝ち取った暉峻淑子埼玉大名誉教授は、検定意見の根拠が厚生省社会局長の国会答弁だったことを説明。
 「孤独な闘いだったが、私が引き下がったら日本の民主主義と科学的な真実が後退すると思った。文部省の課長に抗議して『外に雨がザーザー降っていても局長が晴れと言えばその通りですか』と聞くと『はい、そうです』と言われた」と述べ、検定意見に固執する国の姿勢を批判した。


2007/12/2(日)

 ちょーーーっとダルダルなので、福井未菜さんから言ってもらいます。


2007/9/3(月)

 ワールドコン"Nippon2007"の簡略レポート。

●8月31日(金)
 朝一番で会場入り。受付には長蛇の列(-_-)。
 何とかそこを乗り越えて参加章を手に入れるとすぐに企画部屋に向かい、「SFチェス」の設営を始める。この日はヘルプの人がいないので、全部一人で行うことになった。
 その後、「カフェ・サイファイティフィーク」へ。キャストとして接客。
 そうこうしている内に、午後からの企画に参加してもらうためだけに大阪からわざわざ上京してきた宮風耕治氏から到着したとの電話。
 すぐに迎えに行って参加手続きを済ませ、その後は打ち合わせも兼ねてそのままランチ。
 14時から始まる「ヲタクエクスプレス 東京発モスクワ行き」のために部屋に向かうが、前の「歴史改変/スチームパンク」企画が押していたため、なかなか部屋に入れてもらえずに待っているのみ。しかし、その間にも廊下を通りがかった知り合いの方々とご挨拶ができた。そうこうしているうちに沼野充義先生も到着。そして歴史改変の企画が終わると、その企画に参加していた高野史緒氏と合流。こうして企画開始10分前にフルキャストが揃うという綱渡り的な展開だったが、何とか帳尻は合った。
 そしてロシア企画の開始。ネタが良かったのか、キャストが良かったのか、部屋はほぼ満員。結構ウケも取れたし、興味深く聞いてくれたので、結果には満足している。
 その後、また知り合いの方々と挨拶をし、休憩のために「カフェ・サイファイティフィーク」に移動。そこでお茶をしばきながら、しばしの団欒。そうこうしているうちに撤収時間になったので、チェスセットを片付け、その後は日帰りの宮風氏と、今後の打ち合わせも兼ねて夕食。
 そして帰途についた。
●9月1日(土)
 この日も朝一番に会場入り。「SFチェス」の設営をする。早めに終わったので、「カフェ・サイファイティフィーク」の朝礼に参加し、キャストとして営業開始。
 この日は、「SFチェス」の部屋を他の目的で使うということだったので、14時半から撤収開始。
 そして、15時になったので、「テルミンを奏でよう!」の企画のセッティングに向かった。企画の開始は16時からだったのだが、その部屋では前後に企画が無かったので、好き放題に使わせてもらうことにした。
 お客さんの入りは満員盛況。簡単にテルミンについてレクチャーをした後、参加していただいた方々の全員にテルミンを体験してもらった。結局、早めに始めて、18時近くまでこの企画は続いた。対応できるのが私一人なので忙しかったが、たいへんに楽しい時間だった。
 で、ヒューゴー賞には興味がないので、そのままゲリラ企画「世界のヤヴァイ料理ショー」の場所に移動。なし崩し的に始めてしまった。まともに広報できなかった割には、大勢の人が来てくれて、盛り上がりを見せたのだが、開始後約20分で大会実行委員が飛んできて強制解散させられてしまった。まあ、これは想定の範囲だが、長く持ったほうではないだろうか。
 実行委員会の方々にはご迷惑をおかけしたので、この場でお詫びを申し上げておく。
 その後、企画難民の方々とともにインターコンチの宴会部屋に避難。だいたい10時頃まで酒を飲んで退散。
●9月2日(日)
 朝一番に会場入り。「SFチェス」は、この企画の目玉である巨大チェス盤がやっと登場する日だったので、それも含めて設営をしなければならなかったのだが、「空手」の企画に行かなければならなかったので、荷物の搬入だけを手伝い、その後は仲間に任せて私は会場に向かった。
 同じ流派の空手とはいえ、アメリカの空手の教え方と、日本の教え方はだいぶん違う。アメリカでは「実利」を求めるので、基本動作の他にも護身術や裏技的なレクチャーがあったのには驚いた。日本ではあくまでも「武道」としての修行がメインなので、このようなことは無い。このへんが治安と文化の差だろう。
 先生であるキース加藤氏としばし空手の考え方や技術論について話し、ノルウェイから来たテコンドウをしているという女性と護身技術やテクニックの話で盛り上がった。
 そして再び「カフェ・サイファイティフィーク」へ。今日はカフェ内企画で「世界の昆虫食事情」と題し、昆虫を食べるという文化と、実際に昆虫料理を食べていただくということで実演。最初はみんな見た目で怖がっていたが、勧めてみると食べてみて「美味しい」と言ってくれたのは嬉しかった。
 そうこうしているうちに再び撤収時間。巨大チェス盤の撤収には、思った以上に時間がかかったが、何とかやり遂げ、「カフェ・サイファイティフィーク」の打ち上げに参加。そうこうしているうちに、隣でやっていた「モントリオール市がワールドコン開催権獲得おめでとうパーティ」に乱入。
 フィンランド、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダの方々とビールの話や語学の話で盛り上がる。そうしたら、キース加藤氏がやってきたので、昼間の話をまた続けた。そうしたら、次々と武道人が寄ってきて、武道談義で盛り上がってしまった。そのまま帰るのは後ろ髪を引かれるので、ずるずると居残り、マイミクさんと一緒に帰途についたのが午前1時。

 このようにして、私のワールドコン体験は終わった。


2007/8/21(火)

 義理の妹が、現在劇場公開中の洋画をPCで観たという恐ろしいことをblogに書いていたという。
 WinnyとかShareを使うな!とは言わない。というか、ツールに罪はない(この意見に異議がある場合、YouTubeにも同じ事を言ってほしい)。
 問題は、「ヤヴァイ使い方はしたらあかんよ!」という点である。こんなのって、警察に知られたらタイーホじゃん。
 というわけで、一言。

 「割るな!」


2007/8/15(水)

 「天皇陛下のために」という名目で、「万歳」と叫びながら玉砕し、特攻し、自死した人々への責任は、確実に「天皇」にある。「一億総玉砕」とか言いながら竹槍を持って婆さんまで訓練をしてまで守ろうとしたのは何か?
 「現人神」である「天皇」である。
 私は、そのようなカルト宗教で日本国民を洗脳し、国民を死に追いやった存在を絶対に許す事ができない。


玉音放送全文

 朕深ク 世界ノ大勢ト 帝國ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ 時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニ 忠良ナル爾臣民ニ告ク
 朕ハ 帝國政府ヲシテ 米英支蘇 四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨 通告セシメタリ
 抑々 帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ 萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遣範ニシテ 朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二國ニ宣戦セル所以モ亦 實ニ帝國ノ自存ト 東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ 領土ヲ侵カス如キハ 固ヨリ朕カ志ニアラス
 然ルニ 交戰巳ニ四歳ヲ閲シ 朕カ陸海将兵ノ勇戰 朕カ百僚有司ノ勵精 朕カ一億衆庶ノ奉公 各々最善ヲ盡セルニ拘ラス 戰局必スシモ好轉セス 世界ノ大勢亦我ニ利アラス
 加之 敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル
 而モ 尚 交戰ヲ繼續セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
 斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ
 是レ 朕カ帝國政府ヲシテ 共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ 帝國ト共ニ 終始東亜ノ開放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ 遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
 帝國臣民ニシテ 戰陣ニ死シ 職域ニ殉シ 非命ニ斃レタル者 及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五内為ニ裂ク
 且 戰傷ヲ負ヒ 災禍ヲ蒙リ 家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念スル所ナリ
 惟フニ 今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ 固ヨリ尋常ニアラス
 爾臣民ノ衷情モ 朕善ク之ヲ知ル
 然レトモ朕ハ 時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ 大平ヲ開カムト欲ス
 朕ハ茲ニ 國體ヲ護持シ 得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ 常ニ爾臣民ト共ニ在リ
 若シ夫レ 情ノ激スル所 濫ニ事端ヲ滋クシ 或ハ同胞排儕 互ニ時局ヲ亂リ 為ニ 大道ヲ誤リ 信義ヲ世界ニ失フカ如キハ 朕最モ之ヲ戒ム
 宣シク 擧國一家子孫相傳ヘ 確ク神州ノ不滅ヲ信シ 任重クシテ道遠キヲ念ヒ 總力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ 志操ヲ鞏クシ 誓テ國體ノ精華ヲ発揚シ 世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
 爾臣民 其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ


「2ちゃんねる」で拾った現代語訳「敗戦の詔勅」

オレ様が世界と日本の空気を読んで、特別に戦争を終わらせてやるから、お前らヘタレどもは耳かっぽじってヨク聞け!
オレ様は政府の奴らに連合国のカスどものポツダム宣言を受け入れるよう圧力をかけてやったんだ。
まぁ オレ様は御先祖様の言いつけ通りにこの国を発展させようと頑張ってはいたんだが、イチャモンつけてくる国があったからしょうがなく戦争を始めてやったわけよ。
でもさ、アジアの国々を侵略するつもりは無かったんでソコントコ ヨロシク!
ぶっちゃけ 4年間戦って、お前ら陸海軍のヘタレどもや木っ端役人やパンピーどもが束になってもヤツラには敵わないと解ったのよね・・・
しかも反則の原爆まで使いやがって、ヘタレどもを沢山犬死さしやがった。これにはオレ様もビビッタヨ!
このままだとオレ様の命が危ないし、身代潰して御先祖様に怒られるのもイヤだからこの辺で止めといてやる。
まぁ、この戦争で迷惑を被った国は運が悪かったね。
家や肉親を失ったヘタレどもにはオレ様が特別に謝ってやるよ、ゴメンネ(笑)。
この先、お前らヘタレどもがどーなるか解らんが、成るようしか成らないのでキニシナイヨ!
ぶっちゃけ 戦争に負けてもオレ様のプライドが傷つかなければオレ様的にはもうそれで良いんで、お前らヘタレどもは逆ギレしないように警告しとくぞ!
お前らヘタレどもはこの先もオレ様の言付を守っていれば良いので、変な事を考えんなよ!


2007/8/14(火)

 昔はプロレスを持ち上げ、UWFができたら「ガチ」だと言って宣伝しまくり、アマレス経験のある松浪健四郎氏に「この人は何もわかっていない」と言われ、総合格闘技が出来たらそっちに乗り換えてプロレスを揶揄するような本を出版した。
 私はSFの人であるが、格闘技の人でもあり、同時にプロレスリスペクトな人でもあるので、そういう見る眼の無さと節操の無さに対しては、いかがなものかと思う。
 何でこんなことを書くのかというと、古い雑誌を掘り起こしてしまったからである。
 下記のような文章が掲載されていた。
 さて、誰の文章でしょう?(^^;;

 私は、格闘技については、まったく理解できないにもかかわらず、好き勝手な発言により、格闘家の皆様の精神を害したことにつきまして、ここにお詫びいたします。
 とくに、数年前、もと大道塾・市原海樹氏に対しましては、その人物像を数回にわたり、無許可、無報酬で、出版物に掲載し、多大なる御迷惑をおかけしたことにつきましても、お詫び申しあげます。


2007/7/31(火)

 結局のところ、私が特に忌み嫌う存在って、「狂信者」なんだよね。
 政治とカルト宗教や団体が結びつき、「狂信者」は自分の考えを持つこともなく、一国の政治を左右してしまうと言う異常な事態に対しては嫌悪感を覚える。
 自民党におけるカルト宗教――統一教会、霊友会、世界救世教、崇教真光、立正佼成会、そして影の団体としての創価学会などとの結びつきは、端から観察しているだけでも虫酸が走る。
 これはアメリカの政治家が、狂信的キリスト教信者の票が欲しいために進化論を否定し、創造説を教えることを容認しているのと同じだ。日本は、決してアメリカ人の行動を「バカだ」と言える立場にない。
 それから、特定の思想団体や利益団体との癒着。日本遺族会や日本会議、商工会議所やパチンコ業界などなど。極右思想を狂信したり、自らの拝金主義・利益主義によって視界を奪われた狂信者の票が欲しいので靖国参拝は欠かせないし、パチンコという公然の賭博行為に対して手が出せない。
 これはアメリカで、全米ライフル協会が票田になっているため、支持を失わないように、いつまで経っても銃規制ができないのと似ている。
 イスラム国家において頻発する「人間爆弾テロ」なども狂信のなせる技だ。
 「狂信」は人間の理性を失わせ、物事の判断ができない人形にしてしまう。そこには、人に与えられているはずの、考えや行動の自由が無い。というか、他者から奪われてしまった状態なのである。こんなもの、決して正常な状態とは言えない。
 私は全ての思想や宗教、金儲けを否定しているわけではない。「狂信的行為」を否定するのだ。
 せめて私は、すべての「狂信的行為」からは距離を置いていたい。
 不思議なのは、SFとか文学って、もともと「狂信」などの行為を否定し、世界を別の視点、別の角度で切ってみせる事で異化させ、読者に「気づき」と「自由」を与える文化だと思っていた。だが、最近、SFとか文学が安易に思考停止し、徐々に「狂信的」かつ「体制的」なプロパガンダを伝える手法に成り下がってしまいつつあるのではないかと危惧している。
 だから、SFファンなのに嫌韓とか、SFファンなのにネット右翼、などという存在が信じられないのである。
 この考えって、ひょっとして古い? というか、私がソ連や東欧をはじめとした反体制文学作品ばかりを好んで読んでたから?

 まあ、↓でも読んで「自分で考える事」を学んでちょーだい。

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2007/7/30(月)

 落選確実と目されていた○川珠×が当選したのは、全面的にバックアップをしたI原珍太郎が、自らの票田である「いん×ぁとりっぷ」の組織票を突っ込んだかららしい。
 まあ、地元の選挙区で松あ○らが、ナンミョー以外の票が入らずに落選したのは嬉しい限り。


2007/7/25(水)

 ↓また逃げられたので、環境省の「チーム・マイナス6% 温度調節で減らそう」のWebをプリントアウトして貼り付け、その横に下のような文言を書いて貼っておいた。
 さて、苦情が来るのかどうか、どういう反応が返ってくるのか、楽しみではある。


2007/7/24(火)

 ↓逃げられた……。チッ!


2007/7/23(月)

 もうゆるさん! 天に代わって成敗してくれる!!

隠密同心 心得の条
我が身我が命我が物と思わず
武門の儀、あくまで陰にて
己の器量伏し、ご下命いかにても果すべし
なお 死して屍拾う者なし 死して屍拾う者なし

用意した物:エアサロンパス(目潰し)、トンファー、木刀、金属チェーン、手の内(和製メリケンサック)、クボタン(小型警棒)


2007/7/22(日)

 ここにいたっても自民党への支持率が三割あるということは、このほとんどが「固定票」だと考えても良いだろう。(たぶん創価学会も含む)宗教団体、商工会議所、日本遺族会、議員の後援会などの数を足したら、それくらいになってしまうのだと考えておいたほうが良い。
 この前、公明党の議員が「投票率が上がるとマズイ」と発言したし、森喜朗が「投票率が上がらないよう寝ててほしい」と言ったこともあったが、これだけの固定票があるのなら確かに他の「浮動票」はいらないわな。
 というわけで、みんなで選挙に行って自民党と公明党を完膚無きまでに叩きのめしてやろうぜ。
 「三割の固定票」に頼っている自民党など、今の時点では恐くも何ともない。みんなで「ノー!」という時が来たのだ!


2007/7/16(月)

 私はスポーツが好きだ。観るのも、するのも好きだ。だが、その趣味にはたいへんな偏りがある。それは何かというと、「球技がまったくダメ」ということだ。
 観ているのも、自分でするのも、球技はフットボール三競技(サッカー、ラグビー、アメフト)以外、たとえ観ても「面白い」とすら思えないのだ。だから、これまで球技に手を出したことはない。
 体育の時間でバスケットボールやバレーボールをやらされた時は本当に嫌だった。まあ、サッカーもあまり得意じゃなかったのだが、あれだけは楽しめたけどね。やっぱり、体育の時間は陸上、水泳、体操、柔道などが好きだった。
 したがって、今もフットボール三競技以外の球技中継は全く観ないし、何の興味も湧かない。しかし、他の格闘技や陸上、体操、フィギュアなどは観てしまう。
 これは何で? と思うのだが、自分でも分析できていない。
 まあ、あれだ、手っ取り早い理由は、球を扱う競技とか、ラケットを扱う競技って「技術」が必要になるのだが、手先が不器用なのでどれもあまり上手くなかったというのはあるかな。バスケットのドリブルすらもろくに出来なかったし。
 サッカーは、足が速かったから体力勝負で無理矢理走り込んで突破してしまうことも可能だったから好きになれたのかもしれない。
 うーん、でも陸上とか体操、柔道は得意だったので、身体操作に問題があるとは思えないのだが、なぜなんだろうね。
 そうそう、面白いのは、格闘関係者って、「球技が苦手」って人、異様に多いんだよね。私と同じ境遇の人がたくさんいるので嬉しかったりしてね。
 やっぱ、小さい頃から培われてきたコンプレックスなのかなぁ、やっぱし。


2007/7/15(日)

 久しぶりに全文コピペ保存。


ジャーナリズムの使命 (山陽新聞 デスクノート

 先月、岡山大学で三十人ばかりを相手に、ジャーナリズム論を講じたときのことだ。返ってきた感想文の一つに、「二度と戦争をしないのが幸せなことか」とあった。この国の若者に起きはじめている意識変化を見せ付けられた気がした。
 ジャーナリズムの使命は、社会正義の実現に寄与することであり、その場合の正義とは米ブッシュ大統領が、ならず者国家などを仕立て上げて、自己を正当化するときに使用する一方的な論理ではむろんなく、差別とか貧困とかという明らかな社会矛盾の対極を示す言葉だ。社会矛盾は、社会悪と言い換えてもいいと思うが、その最たるものは戦争だから、ジャーナリズムの使命の究極はまた、戦争回避にあると、信じてきたままを講じたことへの反応だった。
 インターネット上に過激な書き込みを行うネット右翼の存在、あるいは働けど楽にならないワーキングプアと呼ばれる若者のなかにも、状況改変を、強いイメージに求めていくきらいがあるようだ。東京都知事選での石原さん圧勝の一因にも、それは指摘されている。
 徴兵制など敷かなくても、格差社会が拡大すれば、若者は自然と「軍隊」へ流れてくるとはよく言われることだが、社会の閉塞(へいそく)構造は不気味な様相を呈してきている。
 戦争体験者が減っていくのは自然の摂理で仕方がないとして、この国が再び戦争の道を歩むということなどが、これはあっていいはずがなく、ジャーナリズムはやはりその使命を果たし続けなければならないし、あり方が厳しく問われてきてもいるのだと、参院選渦中に強く思う。


2007/7/12(木)

 なんてことだ!アイデアが全く出ない!
 いろいろと試してみて絞りだそうと試みているのだが、このモードに入ると何をやってもダメだということがわかっているので、じっとしているしか方法はないかもしれない。
 だいたい、アイデアなどというのは「脳の出力」であるので、それなりに入力の蓄積が無い限り出る物も出くるようなものでもなのだが、医者から「刺激の少ない生活を!」と言われているし、最近は暇があったら眠っているような状態で調べ物をする機会も減ってきているため、絞りだそうとしてもスッカラカン!という感じだ。
 困ったものよのぉ。
 ……と目の前に置いてある真っ白なワークシートを見ながら思うのであった。


2007/7/3(火)

 最近、「天声人語」は内容が荒れがちで、何を主張したいのか、よくわからないことも多いのだが、本日の内容には納得できた。


天声人語 (朝日新聞

 「しょうがない」とは、手の打ちようがないということだ。例えば天変地異である。軽いところでは「しょうがない/雨の日はしょうがない」(『雨が空から降れば』別役実作詞、小室等作曲)のように使うのが正しい。
 久間防衛相が、出身地でもある長崎への原爆投下について「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなという風に思っている」と語った。「選択肢としてはあり得るのかな」と。
 本人は「説明の仕方がまずかった」と謝り、安倍首相は「国民に誤解を与える」と注意した。問題はしかし、言い回しではなかろう。人類史に残る無差別大量殺害を、物わかりよろしく「整理」できる神経が問われている。
 米国は、2発の原爆が日本の降伏を早め、多数の命を救ったと正当化した。久間氏も、だから「北海道はソ連に占領されずにすんだ」とみる。もっともらしい解説には用心したい。乾いた戦略論にとらわれすぎると、きのこ雲の下に思いが至らないからだ。
 自らも被爆しながら長崎で救護を続けた永井隆医師は、自宅の焼け跡で、溶けたロザリオが絡まる緑(みどり)夫人の骨を見つける。享年37。まだ温(ぬく)いのをバケツに拾い、歩いた。「私の腕の中で妻がかさかさと燐酸(りんさん)石灰の音を立てていた。私はそれを『御免(ごめん)ネ、御免ネ』と言ってるのだと聞いた」(『ロザリオの鎖』)。
 核兵器は、勝手に天空から降っては来ない。造る者と使う者と、それを命じる者が必ずいる。ならば止める者になろうではないか。「しょうがない」わけがない。


2007/6/25(月)

 昔から今までプロレスが好きだ。
 K-1や総合格闘技がブームになり、それに押されてしまう形でプロレスが衰退しているように感じるが、残念でならない。
 昔、プロレスファンを自称し、礼賛していたY枕Bとか、O槻Kといった作家達が手のひらを返したかのように格闘技ファンに転向し、プロレスについて言及しなくなってゆく姿は、何となく悲しい。昔の情熱は何だったの?と聞きたくなってしまう。
 私は、格闘技は格闘技、プロレスはプロレスであると思っている。格闘技は大好きだ。しかし、プロレスも大好きだ。プロレスはプロレスだからこそ、観る価値があるし、楽しむ事もできるのだ。
 今のような時期だから、敢えて言おう。

「私はプロレスの味方だ」


2007/6/18(月)

 川崎フロンターレのFWである我那覇和樹に深く思い入れてしまう。
 昨年は日本代表のFWとして大活躍し、今後への期待も大きかったのに、今年になってからの不調やビタミン注射事件で、踏んだり蹴ったりの目に遭っている。そして、先週の試合ではイエローカードの累積や遠征、怪我などでトップの選手がいなかったため、不調をこらえて試合に出ていた。しかし、試合から離れていた期間が長く、まだ不調のようだったので全く生彩を欠いていた。あれでまたオシム監督へのアピールに失敗してしまったことだと思う。
 好調・不調の波は誰にでもあることだとしても、こうも不運が続くと本当にかわいそうでならない。
 それがどうしても自分に重なってしまって仕方がない。
 実は私も数年前までは好調な時が続いていたのだが、ここ数年間は何をやってもダメで、今は踏んだり蹴ったりの境遇だとすら思っている。たぶん、これまでの人生の中でも最底辺に近いくらいなのではないかと思えるくらいに酷い有様で、悪いループの中に入り込んでしまったかのように思える。
 好調だったときは、何でもできて、どんどん進むことができたのに……。
 我那覇選手が苦労した末につかみ取った名誉が、こんな形で潰れて行くのは見るに忍びない。是非とも、再起を願いたい。
 そして、私も今後、何かのきっかけで再浮上できるようになることを願いたい。
 悪いときばかりではない。と思いたい。

人は幸運の時には偉大に見えるかもしれないが、真に向上するのは不運の時である。
――シラー


2007/6/8(金)

 Blogでの意見を読む限り、ネット右翼って、おめでたい人たちだなぁと、しみじみ思うね。
 一方で北朝鮮や中国の「監視・言論統制社会」を批判しながら、自国の組織がやっている「監視」を正当な行為だと言い張れるなんて、二重規範もいいところだ。
 それに気がついていないところが何ともはや。
 もし、わかっていて言っているのなら、ただのバカだ。


この人権感覚は問題だ (沖縄タイムス

 共産党の志位和夫委員長は、陸上自衛隊の情報保全隊が自衛隊の活動に批判的な市民団体のほか政党、労組、ジャーナリスト、宗教団体などの動向をまとめた「内部文書」を入手した。
 調査リストには自衛隊のイラク派遣に反対する集会やデモなどの関連だけで四十一都道府県の二百八十九団体・個人に上り、高校生も含まれている。
 県内ではイラク戦争に反対した市民団体ら十三団体のデモ行進やビラ配りなど十五件も入っていた。
 そもそも自衛隊のイラク派遣に反対する市民運動は、監視が必要な異常な行為なのか政府批判、自衛隊批判は「言論の自由」「報道の自由」によって保障された人権の一つではないか。
 今回リストアップされた個人や団体のメンバーらはさぞ驚き、自衛隊への不信感を募らせたことだろう。
 文書は百六十六ページ。陸自東北方面情報保全隊がまとめた「情報資料」(二〇〇四年一―二月)と、情報保全隊本部が作成した「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」(〇三年十一月―〇四年二月)の二種類。
 志位氏は「個人のプライバシーに対する侵害行為で憲法違反だ」と鈴木政二官房副長官に中止を要請したが、塩崎恭久官房長官は記者会見で「法律にのっとって行われる調査活動や情報収集は当然、受け入れられるべきだ」と述べ、許容範囲との認識を示した。
 久間章生防衛相は「自衛隊が情報収集活動をするのは当然」とした。防衛省の守屋武昌事務次官は、反対集会などの情報を集めていたことを認めた上で「自衛隊法に基づく調査研究で違法性はない」と説明している。
 しかし、自衛隊の調査・情報収集に何の限定も加えない発言はおかしい。「自衛」の名目であれば何をしても許されるというわけでもあるまい。調査にもおのずから限界があるはずだ。
 集会の自由、デモ行進の自由などを含む「表現の自由」は、民主主義社会では最も尊重されるべき人権である。写真撮影などで市民のプライバシーを脅かし、市民運動を委縮させるようなことがあってはならない。
 シビリアン・コントロール(文民統制)の原則を忘れるべきではない。このような調査は自衛隊による民の統制につながる本末転倒の発想で、自衛隊の市民監視と批判されるゆえんだ。
 特に沖縄は広大な基地を抱え、歴史的体験を踏まえればイラク派遣への反対運動が起きるのも当然ではないか。
 約五年前、自衛隊で情報公開請求者の個人情報リストを作成していたことが問題になったが、プライバシーを軽視する自衛隊の人権感覚はおかしい


昔の独り言……
(1)1998/2/11~3/30 (2)4/1~4/12 (3)4/13~4/30 (4)5/1~5/31 (5)6/1~6/30
(6)7/2~7/29 (7)8/2~8/31 (8)9/1~10/30 (9)11/1~12/18 (10)12/19~1999/2/26
(11)2/28~3/29 (12)3/32~5/8 (13)5/13~6/28 (14)6/29~8/8 (15)8/9~8/16
(16)8/18~10/5 (17)10/12~2000/1/5 (18)1/6~2/25 (19)2/26~4/9 (20)4/11~5/17
(21)5/18~7/30 (22)8/1~11/28 (23)12/2~2001/5/1 (24)5/2~8/8 (25)8/9~10/11
(26)10/14~2002/3/7 (27)3/10~7/23 (28)7/24~12/26 (29)2003/1/6~8/16 (30)8/17~9/30
(31)10/1~12/31 (32)2004/1/1~3/31 (33)4/1~6/30 (34)7/1~9/30 (35)10/1~2005/3/31
(36)4/1~8/14 (37)2005/12/20~2007/2/28 (38)3/1~6/7

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