10月12日(月)人相手相・・・危険な隣人の見分け方

「手相は変わる、といいますが、本当ですか?」このご質問はよくいただきます。そういうわけで、今日は「相」の話。私のお気に入りの本に、江戸時代の観相学者、水野南北原著の「南北相法」(緑書房・小林三剛氏校閲)があります。そこから、水野南北の「観相」の極意について、専門家でないみなさんにも、ヒントになりそうな情報をお話したいと思います。

人相や手相など、「相」を見ることを「観相」といいます。みなさんがよく誤解をすることに、「相」というのは顔と手だけに現れる、と思っている人が多いことです。そうではなく、「相」というのは、立ち居振舞い、言動、爪、髪の毛、足、体型、すべてに現れるといわれます。ところで、一見コワイ顔をしたコワモテのおじさんが、じつは非常に人柄のよい人徳者だったり、一見ふくよかで人のよさそうなオバサンが、和歌山の保険金詐欺疑惑の容疑者だったりすることがありますが、これは「顔の造りそのものや印象が相ではない」証拠ですね。

では、相、とは何でしょう?水野南北は、「生まれたばかりの赤ん坊には相がない、相は自我が作るものだ」といっています。ですから、その人から、生まれつきの資質を差し引いたものが「相」ということになります。よくテレビなどでは、人の顔を部分的に指し示して、目がつりあがっているから、唇が薄いから、どうのこうの、と説明していますが、水野南北の見方は、少し違います。例えば「目」についてですが、目は清濁をあらわす、といって、目の動かし方に注目し、そこから「相」を観察しています。

また、顔の造りや印象にまどわされることなく、心の目で相手の真実を見ぬくことが「観相」のコツだといいます。方法としては、「姿勢を正し、七回深く息をして、六根を遠ざける」といいます。六根とは、迷いを起こす諸器官の感覚のことです。

理屈ではそういっても、なかなか実行不能のように思えますね。一目で相手の良否を見分けることは、かんたんに出来ないものです。しかし、「相」が言動や立ち居ふるまいにあらわれているということは、少なくとも、隣人や会社で毎日顔を合わせている人については、私たちは「相」を観察する機会は非常に多いということです。

「そういえば、あの人はみょうにおかしい所があった」と、犯罪を犯した人の近所の人のインタビューなどに出てくることがあります。残念ながら、今の世の中は危険な隣人や、他人に迷惑をかけても、自分が得をしたいという人が、けっこう多いものです。日頃の観察が、あなたの身を守るための処世術なのです。人間関係の摩擦は、相手を把握しえなかったことから起こりやすいのです。

少しおつきあいをしてみて、言動の一致しない人や、自分の都合だけを優先して他人の立場をかまわない人は、危険人物です。日頃から気をつけておき、借金の相談などには乗らないようにするのが無難です。もし、そういう人が、心を入れ替えることがあったら、それもまた、日頃の言動やふるまいに現れてくるはずです。

わたしたちの顔や体型や、すべてが「相」の積み重ねであるなら、自分の「相」を少しでもよくしたいと思ったとき、まず、言動やふるまいから変えていけばいいわけですね。そして、それをできるだけそれを身につけ、長く続けていくことが、自分の手や顔を「福相」にしていく有効な方法となるわけです。

 


10月19日(月)不景気の波が止まるとき・・○と□の話

「この景気、いったいいつになったら好転するんですか?!」怒りたい気持ちはわかりますが、まあ、そうみなさん、あせらずに。あせったところで、景気が好転する兆しは、私が見るところ、これっぽっちも見えていません。

いきなり、夢も希望もないことを言ってしまいましたが、景気がよくならないことがわかるとということは、景気がよくなりはじめたこともわかる、ということですね。今日は景気回復の兆しが現れたとき、すばやく対応するためのヒントについてお話します。

先日の吉凶○×の話が好評だったので、今日は懲りずに景気○□の話です。不景気も極まった昨今ですが、クルマの形が、やたら四角ばっていることにお気づきでしょうか?これは業界ではわりあい知られた現象なのですが、好景気のときには、円い形や流線形のクルマが流行し、不景気のときには四角の角張ったクルマが流行するといいます。最近は、この四角が強調されて、車種のまったくわからない私などは、どのクルマを見てもクロネコヤマトの宅急便かと思ってしまうほどです。

じつは、円い形が「上昇」を意味し、四角い形が「下降」を意味していることは、今にはじまった理屈でなく、古代中国の一般常識だったのです。古代中国では、天は円い、地は四角い、と考えられていました。天と地は、陰と陽にのように、相反する現象をあらわしていました。天に近いほど上昇し、地に近いほど下降する、という理論です。例を挙げると、頭の形。これは天に近いから円いのだ、といわれていて、そういえば、地に近い足の裏は、なんとなく四角に近い形ですね。人間は高揚したとき、手を天に突き上げ、快哉を叫びますが、その時の手の形は拳で円くなっています。そして、うちひしがれて地に手をついたとき、手のひらは方形(四角)になっています。

この理屈は、「地」に関連した地相学や家相学にも組み込まれていて、昔から「最も人の住まいとして吉相」の土地や家は「方形(四角)」とされています。みなさん、ご存知の古代のお墓「前方後円墳」の、あの奇妙な巨大カギ穴の形は、天と地の融合を意味して造営されたものだったです。

考えてみると、世界的に、部屋の形はなぜか四角です。そして、天に祈りをささげる宗教の建物は円いドーム型をしていたりしますね。また、最近はガチャピンまで宇宙に行ってしまいましたが、宇宙ステーションの人間の住まいは、そういえば円形をしています。「天は円、地は方形(四角)」。この理屈は、天動説をとなえていた古代人の、稚拙な論理だとばかりいえないところが、とても不思議ですね。

そういうわけで、現代の街の姿を見てみましょう。バブルだけなわだった頃、ドーム型の建物があちこちでオープンし、円い形のクルマが道路を走っていました。バブル崩壊の兆しがみえはじめたともに4WDが流行するようになり、不況が極まってきた現在、クルマの形は、四角の度合いがますます加速してきました。

そういうわけで、私の予測では、まだまだ不況は続きそうです。このクルマの形が少しでもカドがとれて円くなってきたときが、不況脱出の兆しといえそうです。前兆が見えたときはチャンスです。すばやく行動して、開運に結び付けてくださいね。

 


10月26日(月)11月の競馬・・西洋占星術による勝負運

西洋占星術については、よくこういうご質問をいただきます。「最近は十三星座が主流のようですが・・・」いえいえ、西洋占星術といえば、やはり十二星座が主流です。十三星座は、アストロロジーの中でも、たんなる一説にすぎません。正統派西洋占星術の間では、ほとんど認められていない珍説の部類です。

ただ、日本における西洋占星術の「十二星座占い」は、ある意味でエンターテイメントとしての役割もありますので、あまりカタイことをいうつもりはありません。十三星座がすごく当たっていると感じる人にとっては、それを信じればよいのではないでしょうか?でも、一応正統派の師匠から西洋占星術を学んだ私は「十三星座で占ってください」といわれても、できませんのでカンベンしてくださいね。

さて、西洋占星術の中の「十二星座占い」は、別名を「太陽占星術」といいます。通常は生まれた時間から個人のホロスコープを作成し、その人の運勢を見るのが本筋ですが、太陽占星術は生まれた日だけで判断する簡易判断法ともいえる占星術です。しかし、太陽の運行を基本にし、理論的にも間違っていないので、手軽な開運法として活用することができます。

今回は、その太陽占星術で、11月の勝負運について占ってみました。11月の競馬は楽しみなレースが目白押し。まずは来週の天皇賞で、以下の開運法を試してみてください。

好調なのはかに座、てんびん座の人。とくに、かに座は今年、幸運の星「木星」のいい影響を受けているので、勝負運が強いはず。カンや狙いがズバリ的中しやすいので、下手な予想記事や過去のレースにとらわれず、カンで押してみるといいでしょう。てんびん座の人は、収入倍増運。こちらも常識や過去の実績にとらわれないで、新機軸で金運をつかんでください。うお座の人は今年は全般に拡大運ですから、積極的に勝負。

一方、ツキがないのは、しし座、おとめ座のあなたです。11月は火星がおとめ座を運行するため、しし座にとっては金運大ピンチの星の配置。おとめ座の人にとっては、火星の戦闘精神をどう活かすかが課題となるでしょう。火星は「火」「焦り」を象徴するため、頭を冷やす意味で「水」が開運アイテムとなります。イライラしてきたら、ミネラルウオーターを飲んでみてくださいね。

やぎ座の人は、ギャンブル運そのものに「不動の土星」がからんできたため、今年からジンクスが通用しないなどの、ツキの変化がありがち。新しいジンクスを発見する時期にきています。 いて座の人にとっても、ストレスが運気を邪魔しがち、この二星座の人の開運法は「よく眠ること」です。いい夢を見るために、枕の下に「勝」と書いたメモを敷いて寝てみてください。

おひつじ座、おうし座の人は、重苦しい「土星」が周辺をウロついているために、気力が充分ではありません。ワインなど、アルコールが気持ちを軽くしてくれる効果がありそうです。みずがめ座、ふたご座の人は、幸運を運んでくるのは「女性」です。女性同伴や女性に予想を聞くなどして、レースに臨むといいでしょう。

 


11月2日(月)お守り札の賞味期限は・・

今日のテーマも、よくある質問。「神社で買ってきたお守り札ですが、いらなくなったら、ゴミに捨てていいのですか?」というものです。けっこう悩んでいる人が多いようですが、ゴミとしては扱わないでくださいね。そして、もうひとつは、「お守り札って効力はいつまでですか?」で、こちらもよく聞かれます。今日はこれにお答えしました。

本当は、お守り札というものは、買った寺社に「お礼参り」をかねて、お返しをしに行くのが本筋です。でも、そんなことを言っていたら、旅行のおみやげに、気軽に買えなくなってしまいますね。そういう方々に、せめて実行してもらいたいのが、近所や通勤途中の寺社に、古いお守り札を「お焚き上げ」してもらうことです。

寺社で火を燃やすのを、「お焚き上げ」「庭燎(にわび・にわかがりび)」ともいい、この風習は、日本でも中国でも共通です。聖域で火を燃やす行為ですから、火によって、穢れや凶災をはらう「まじない」となります。お守り札は、持ち主の代わりに厄災を受けてくれるものです。だから、道端に捨てるのは、厄災をばらまくことになるので、火による「浄化」で、厄災をこの世から追放しようというわけです。

さて、ここで、浄化、という言葉が出てきました。さきごろ報道された、女優佐久間良子さんと、専属占い師女史の事件にも「念金浄化」とありましたが、これって、浄化なんでしょうか?

「浄化」するといって、一万円札をお香でいぶしているそうですが、これは、「銭洗い弁天」でお金を「水」で洗い、浄化する方法と類似しています。「浄化」は俗世の穢れをはらい、清めることです。火・水・香り・塩・酒などがよく用いられます。しかし、お金を浄化して金運をよくするために、まじないや祈祷をするのであれば、「銭洗い弁天」同様に、本人の持ち金の一部を、形代(かたしろ・本人の身代わりになるもの)として祈祷し、浄化すればいいことです。一万円札一枚で充分ですね。

現金というのは個人の所有物でなく、日本銀行が発券している日本国内の流通貨幣にすぎません。銀行にあずければ、それがそのまま金庫に格納されるのでなく、通帳への記入とともに、他人にも流動する動産です。だから、1億円以上の現金をぜんぶあずかって浄化しなければ、金運がよくならない、という理屈は、どこにもないのです。

だいたい、占いや祈祷の名目で、1億円以上の大金をあずけたり、あずけられたりするのは、常軌を逸しているとしかいえませんね。これは訴えた側も訴えられた側も、双方に問題があるように思えます。またまた占い師のイメージダウンで、いやになっちゃいますね!

さて、話が脱線してしまいました。お守り札の話に戻ります。唐の「四時纂要」という歳時書に、「庭燎、歳除の夜に柴を庭に積み、火を燎いて災いを避け陽気を助く」とあり、お焚き上げが、歳末の、春を呼ぶための行事であったことを示す記述があります。

つまり、お守り札をお焚き上げしてもらうのは、歳末が、本来の時期なのです。これは、お守りの賞味期限というか、有効期限とも関係があり、通常、お守り札の効力は「その年の歳末まで」となります。12月に買ったお守りでも、新年には、新しく交換するものなのです。これは神事が歳末をけじめとしているので、決まりごとのようなものです。

そもそも、「年」は稲を背にしょった姿をかたどった文字。そして、「歳」は「まさかり」と「歩」を組み合わせた文字で、稲の種まきから収穫を意味していました。つまり、一年の基準は農耕の基準であり、歳末と年始の区別をつけることは非常に重要な節目でした。お守り札は、「その年の豊作や無病息災」を祈っていただく神事ですので、お守り札の賞味期限はその年の歳末までになるわけです。

現代の私たちは、年末年始が、ただの休暇やイベントのように感じたり、「地球が自転しているんだから、季節は変化して春が来て当たり前」、と思って、感謝することを忘れています。しかし、こうした「一年」のけじめをつけたり、歳末や新たな年に「今年も順調に春がめぐって来ますように」と願うことは、本来の人間の生活にかなった姿ではないでしょうか。

ですから、お守り札はコレクションでない限り、たくさん集めたからといって、開運にはなりません。逆に古いお守り札を溜めておくのは、厄災を溜めておくようなものですから、好ましくありません。「お守り札の賞味期限は歳末まで」そして「「自分に代わって厄災を受けてくれたお守り札は、ゴミにせず、感謝をこめてお焚き上げする」ことを覚えて、あと2か月の今年を、有効に使ってくださいね。

 


11月9日(月)恋する相手の心を知る方法

恋をしたら、好きになった人の心をのぞいてみたいですね。本日のテーマは、鏡を使った、恋する相手の心を知る方法をご紹介してみました。

まず、手鏡を台所に置きます。手鏡に向かって、七日間、彼、あるいは彼女のことを思ってみつめます。みつめていると、七晩めに、神様の名前が告げられるといいます。本式の方法では、その神様用の呪文を唱えるといいますが、それはさておいて、七晩めの夜、その手鏡をふところに入れ、ふらりと外出します。外に出て、夜の街を歩く人々の姿をみつけたら、そこでかわされている会話を聞きます。一番先に耳にした言葉が、「相手の心」を告げているというものです。

例えば、「いや〜今日はまいっちゃったよ、部長がさ〜」というサラリーマンの会話なら、「まいっちゃった」が相手の心というわけです。「……うまくいってよかったわ」というOLのしゃべるケイタイの会話なら、「うまくいきたい」と相手も願っているということですね。片思いで告白できないみなさん、ぜひ試して見てくださいね!

さて、鏡は古代から珍重されてきた開運グッズです。その「反射の光」や「真実を映し出す」ことから、特別なチカラを持っていると信じられていました。三種の神器にも、八咫の鏡があり、古墳や遺跡からも銅鏡が多く発掘されています。

今日ご紹介したのは、中国の鏡を使った「鏡聴卜」(きょうちょうぼく)という術です。中国でも、鏡は、遠く離れた相手の姿をみることができたり、相手の真実の姿を教えたりするものとして、古代から盛んに呪術や占いに活用されてきました。他にも二枚のあわせ鏡を使った(日月鏡)術や、四枚を使った方法もあります。鏡と鏡をあわせると、不思議な光景が見えますが、古代の人は、そうした光景に畏敬の念を抱いたに違いありませんね。

ここで「台所」というのが出てきましたが、これは、台所で行う術ですので、そのあたりを間違わないことがポイントです。昔、台所は火と水を扱う神聖な場所であり、竈神(かまどしん)がいると信じられていました。竈神は、日本にも信仰が伝えられ、恋愛や、金運といった、その家の世俗的な部分をつかさどる神様として、台所に大黒様をまつったりする風習として、現代も信仰が残っています。

竈神については、もう少し詳しく書きたいのですが、今回は所用があって、調べる時間がありませんでした。みなさん、失礼しました。秋も深まり、たちの悪い風邪がはやっているようです。身体に気を付けて、がんばってくださいね。

 

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