3月22日は、夕刊フジさんがお休みのため、久々にこのコーナーもお休みでした。また、3月29日は更新がずれこんで4/12のアップになりました。4月5日は急用のために、更新をお休みさせていただくことにしました。なにかと周辺が騒がしい昨今です。
まことにすみませんが、「無理しないこと」をモットーにこのHPを運営していますので、メルマガもHPも、今後も個人的な都合で、更新が延期、休止になることがあります。ご理解をお願いいたします。
3/29のテーマは、新年度のスタートによく用いられる格言「初心忘るべからず」の意味についてのお話でした。よくお客様のご相談にあることですが、転職や、再就職などで、まったく違う職業につくことになると、非常に不安を感じたり、コンプレックスを感じることがあります。最近は、リストラなどによって、中高年の方でも、やむなく転業することがあり、この時期になると、「この歳で若い人に混じって一からスタートなんて・・」と嘆くご相談をいただきます。
さて、有名な格言「初心忘るべからず」というのは、室町時代の能の大成者である「世阿弥」の伝書「花鏡」の中の一説です。世阿弥は「風姿花伝」「至花道」など、21種類の伝書を残していて、能楽の理論を確立した人です。私は能や狂言については、素人ですが、能や狂言には、陰陽五行思想が色濃く反映されていて、興味深いものがあります。
ここでは、能において技術を体得する前の、最初の頃のみずみずしいチャレンジ精神を「初心」、熟練して技術を獲得したあとの技を「後心(ごしん)」といっています。「初心忘るべからず」の意味は、初心からさまざまな体験を経て、「後心」の心境に達したまでの、あらゆる体験を忘れてはならない、という意味になります。
人間は、様々な体験を経ていろんなものを吸収しますが、そうした体験は、必ずその後の自分の成長に寄与するものです。中途採用で、新しい職業に転職する人は、初心からのスタートでなく、「後心」からのスタートになるわけです。
世阿弥は、「初心忘るべからず」の後に、「老後の初心」こそが大切だと解説しています。つまり、初心から後心までの体験をうまく生かしたり、再度それを反芻してかみしめることで、後心から先の成長があるからだといっています。
個人的な話になってしまいますが、私が田舎から単身で上京してきたのは、30歳の時。東京には高校時代の同級生一人がいるだけで、、とくに夢も目的もなく、仕事のあてもなく、ゼロからの心細いスタートでした。私はその時、自分は他の人より十年も遅く上京して、「この歳で知らない土地で一からスタートなんて・・」とコンプレックスでいっぱいでした。2万円のアパートを借り、故郷からの宅急便の荷物ひとつから始めました。
今でも、東京駅に初めて降り立った夜の、あの恐怖は忘れられません。その後、しばらくの間、あの時の自分を「スタート地点」と思って、頑張ってきましたが、ごく最近になって20代のいろんな故郷での経験が、上京してからの自分の糧になっていたことに気付きました。「初心」からのスタートでなく、「後心」からのスタートだったからこそ、上京してからヒーリングやカウンセリングの仕事が、自然体でできているんだなあ、と今では感じています。
この春、心機一転して、転職をされるみなさん、「初心忘るべからず」で、過去のいろいろな体験を大切にしてください。過去と現在を照らし合わることで、未来が切り開かれていきます。占いでいえば、過去の様々な辛い経験は、土星や冥王星とのかかわりがありますが、現世での運命の呪縛の糸を切るには、「過去の失敗パターンを繰り返さない」ことが大前提になります。大きな視点に話を変えれば、世の中は世紀末ですが、新しい21世紀の時代は、20世紀に人間が行った過去の体験をうまくいかすことで、明るくなる・・ということですね。
最近、HPの更新が遅れがちで失礼しています。またまた一週間遅れの更新となりました。みなさんが楽しい話題を提供くださるおかげで、伝言板コーナーがにぎわい、アクセス数も増加傾向。本日は77777を記録しそうです。みなさん、ありがとうございます。
また、先月発売のファッション誌「VOCE」(ボーチェ)では、P211で、今年の流行色「白」について解説していますが、心配していた「写真映り」も珍しくソフトなマダム風に映っていて、ホッとしました。^^
今日の情報は、軽めのテーマ。動物マスコットの開運活用です。開運になる身近な動物、昔からいろいろありますが、ほとんどは言葉遊びの要素が混じっていて、だれにでも親しめるものですね。例えば「カエル」。若返る、家に帰る、お金が返る、といいことづくめで万能の開運マスコット。神社の縁日でよくみかけます。
こうした「音韻」にひっかけて開運に結び付けようという試みは、「言霊」にも通じるもので、日本だけではありません。中国の開運法に「さかさまに福という御札を貼る」という方法がありますが、これも「福到」と「福倒」が同じ音韻であることに由来したものです。
ざっと列挙してみると、「フクロウ」不苦労、福来(ふくらう)女性向けによさそう。ちなみに、フクロウはギリシャでは知恵の神様。恋愛によさそうなのは、「サル」。去る、で災難やストーカー、腐れ縁を絶つのによさそうです。これも5匹の猿だと、「五猿」御縁ができるで恋のお守りにもなります。
出世運、仕事、勝負運によさそうなのもいろいろありますが、「ウマ」はうまくいく、なので競馬ファンならずともエンギのいいマスコット。受験にも絵馬がよく用いられます。絵馬の風習は、武士が寺社に馬を奉納して願懸けをしたことに由来しています。
たぬきは「他抜き」といって、ひょうきんな外見に似合わず出世運に効果。よくお店の前でみかけるたぬきは、「八相縁起」という信楽焼きの縁起物。これは昭和初期から始まった比較的新しい風習です。また、鯉も勝負、出世運の象徴。「来い」や滝登りのイメージそして「恋」にも通じます。
ゴールデンウイークの前には、恒例のレジャー運です。月方位によるレジャーのラッキー方位情報ですが、これはもちろん、九星による見方ですので、本人の本命星との相性があります。ただ、九星の作用は、相性のいい方位ばかりを気にせず、「星の性質」によって特定の作用をもたらしますので、ちょっと運気を換えてみたい、という人にヒントになります。気軽に試してみるといいでしょう。
さて、みなさん、ゴールデンウイークはどんなふうに過ごされますか?家でゴロ寝という人も、意識的に3日くらい、ラッキー方位へ動いてみてください。とくに、西か、北に神社仏閣がある方。財運や不動産運に強い、『八白土星』(西)『二黒土星』(北)という星が巡っているので、続けて参拝してみると御利益が期待できます。
九星術では、五黄土星を含めて、三つの「土星」があります。五黄土星だけは、いわゆる「五黄殺」の作用があるので、方位としては使えませんが、他のふたつは、どちらも財産に関連した吉作用があります。相続に関したのが「八白土星」、女性の貯蓄運を上げるのが「二黒土星」です。五行の「土気」の性質が反映されるので、安定や確実性、といったありがたい効果も。二黒土星は持続性の星なので、仕事を継続したいという人も願かけをしてみましょう。
西南、東もおすすめの方位です。西南には『三碧木星』という星があり、その効能は才能の発見や技術の向上です。資格をとりたい人、パソコンなどの機械に強くなりたい人、電気通信関連の仕事をしている人に向いている方位。東は、恋愛中のカップルにおすすめ方位。プロポーズが成功しやすい方位です。また、会社の中の人間関係の軋轢に悩む人にも適しでいます。これは、『四緑木星』という星の効果。コミュニケーションを司る「風」を卦に持った星なので、人間関係の改善に効果があります。
これはGW中にかかわらず、4/5〜5/5の月の方位運ですから、今、就職を探している人は、西南・東を当たってみるといいわけです。
そして、養生やリフレッシュを求めるなら、「一白水星」のある南が向いています。病気の回復や自然治癒力をうながすのが「一白水星」の効果。そして、知性とも関連があるので、勉強や試験に関係のある人、教師を職業にしている人におすすめです。また、出世運や仕事運を高めるには、東北方位の「九紫火星」。芸術やセンスと関連のある星なので、感性を高めたい人、インスピレーションを得たい人に適しています。気をつけてほしいのは西北と東南です。事故のないよう、無理なスケジュールは禁物です。
やれやれ、5月5日にちなんで端午の節句をテーマにしていましたが、ゴールデンウイーク直前に、急ぎの仕事がばたばたと入って、アップが大幅に遅れ、時期ハズレの話題となってしまいました。情けない〜。連休中は、どこにも行けなかったですが、そこはうれしい自営業。平日にしっかり遊ぶつもりです。あ、いけませんね。おさぼり状態のHPを更新せねば。
さて、5月5日の端午の節句。端とは「はじめ」午は十二支の午のこと。つまり、5月に入って最初の午の日に行った節句という意味です。中国では3世紀頃、屈原という人の霊を弔い
邪気払いを行ったことが起源だといわれています。
年中行事の中には、ひな人形や松飾りのように、魔除けや邪気よけによいとされるものが伝統として残っています。5月5日は菖蒲の節句ともいいますが、菖蒲を生け、菖蒲湯に入り、菖蒲酒を飲む風習になっています。古代では宮中や女性の祭りでしたが、江戸時代には武家の男の子を祝う風習として行われたのが、現代の行事の原形となっています。菖蒲はその葉のカタチが刀に似ていることと、「尚武」と発音が同じことから、武家から貴ばれました。現代では「勝負運がつく」なんていわれますね。
菖蒲は薬効もあるので昔から薬草としても広く用いられてきました。根は鎮痛作用があり、胃腸病に有効。香りが強いので、玄関や庭の入り口に菖蒲をさして、家に邪気をよせつけないようにしました。陰暦でいうと、五月は湿気が多く、疫病の季節。菖蒲には疫神が家に入ってこれないように、との家族の健康への願いが込められています。
もうひとつ、魔除けという意味で面白いのが武者人形の中の「鍾馗(しょうき)様」。中国では元は年越しに魔除けとして祭っていた神で、日本でも勇壮な絵姿が、掛け軸や屏風に描かれていました。唐の玄宗皇帝が熱病にかかった時、「鍾馗」と名乗る鬼が夢に出てきて、疫神を退治した、というエピソードから、鍾馗様は、玄宗が熱心に信仰して祭られるようになりました。
この鍾馗様。生前は試験に落第して自殺したといういわれがあるユニークな神様です。「鬼」というくらいですから、仙人や聖人の類でなく、実在の人物が死んで、魔除けの神となったようです。唐の時代より前から「邪気払い」の神として信仰があったようで、鬼やらい(節分)の儀式にも鍾馗様は活躍しています。
ははは、ついにテーマにしてしまいました。今年に入って、お客様から盛んに「マーシさん、ノストラダムスはどうなるのでしょう?」とたずねられます。でも、あまりにコラムのテーマとしては大きすぎる・・・ノストラダムス研究家でもないので、下手なこといえないしなあ・・・と今日までのびのびにしてきました。先日「仕事が手につかない」「夜も寝られない」というお客様がいたので、テーマにしてみました。
1999の7の月、恐怖の大王が空から・・・・・・あまりに有名なノストラダムスの「諸世紀」の中の一節。五島勉氏のベストセラー書によって、日本中で知らない人がいないほど有名になりましたが、当のフランスでは、ノストラダムスはたんなる歴史上の人物で、日本ほど知名度がないそうです。ノストラダムスについては、占星術師であったことから、多くの占星術家たちが、研究対象にしています。
おおざっぱな解説になりますが、この一節については、占星学上、解釈には諸説があります。1999年7月のこと、8月のこと、2003年のこと、2015年のこと、他にもいろんな説があって、どれが正しいのかはその時期がきてみなきゃわからない、という状態。ひとついえることは、予言の類はこういうふうに様々な解釈が可能な言い方をしている例が多いので、そのたびにどきどきしていたら、心臓に悪いということですね。
1999年8月には、天体でも占星学上で、ある現象が起こります。グランドクロスという、惑星が十字のカタチに直列する現象です。ただ、惑星の直列はよくある天体の配列で、あまり珍しい現象とはいえません。今回の星の配列も不完全型で、占星術家によっては、「グランドクロスといえない」という人もいるくらいです。過去、同じく天体の直列が起こり、まことしやかに富士山大爆発を唱える学者まで出現して、マスコミやら日本中が大騒ぎになったことがありましたが、とくに災害は発生しませんでした。惑星の直列といっても、まあこんなものです。日本では、過去にも「この世の終わりが来る」という予言が、日本中を震撼させたことがありました。末法思想と呼ばれる、仏教の予言です。承久7年(1052)、この年はお釈迦様が亡くなって1500年目に当たり、悪のはびこる「末法」となると信じた人々が恐慌状態に陥りました。お釈迦様自身が、自分の死後、仏法が廃れて世の中がすさんで、やがて誰も悟りを開けない時代が来ると予言したという伝承があり、それが「末法」のいわれとなっています。お釈迦様自身がおっしゃったという予言ですから、当時の人々の恐怖は、相当なものだったでしょう。
一般的には「三時説」と呼ばれ、最初の500年を正法、次の1000年を像法、それ以後を末法と呼ぶ終末思想です。ただ、こうした時期には、やはり諸説があって「五五百歳説」他正像末の年数が解釈によって異なっています。そもそもお釈迦様の生没年さえわかってないですから、正確な年数など出しようもないはずなのですが、歴史的には「扶桑略記」に記載されている「今年始めて末法に入る」をもって承久7年を、末法到来の日としています。…………それから1000年。人間は、同じように予言の諸説に翻弄されて、7月だの8月だのと騒いでいるのですから、いつの時代も人間のやることは似通っているというわけですね。
同じお釈迦様の予言とされる、「弥勒が56億7千万年後に人々を救いに来る」といった説もまた途方もない年代設定ですが、仏教のこうした壮大な歴史観は、仏教の故郷であるインドの歴史観と酷似しています。インドは、占星術の発祥という説もあるくらい、古くから天文学が盛んな土地です。天文学というのは、わずか寿命百年に満たない人間に、宇宙の悠久の時間を教えてくれ、今日明日のことしか考えることのできない人にも、百年先、千年先、何十、何千万年先の未来や過去の世界を、現実として想像させてくれるものです。
インドのヴェーダの文献にもユガ(432万年)、カルパ(1000ユガ)といった時代設定があり、ちなみにカルパは未来永劫の「劫」と訳されます。…………日本人にはこうした気の遠くなりそうな年代設定がいまひとつピンときません。島国の日本は、土地から土地に渡り歩く狩猟生活の文化がありませんので、そもそも天文学は苦手。仏教や中国大陸の文化として、天文学が輸入されてきました。そこで初めて「悠久の宇宙時間」という考え方を知り、そして、大陸の文化である天文学を、占いや呪術に適用した陰陽道を独自に発達させました。
しかし、定住の農耕民族である日本人にとって占星術(宿曜道・日蝕月蝕など)は、近未来を予知する術としてしか、応用できませんでした。インド・ヨーロッパをはじめ、占星術が古代から盛んだった民族は、「長い時間で物事を考える」ことに慣れていて、都市計画など、百年以上の長期計画が得意で、1〜5年くらいの短期計画に弱いところがあります。
中国の風水もそうですが、そもそも自分の死後百年以上経った時の子孫のために、気のいい土地を選定するのが目的でした。日本人は明日の自分のために風水を応用します。いつだったか、ブラジルの人に「日本のテレビは一日中天気予報をやっている」と不思議がられたことがありましたが、数日、数年先の未来や個人の未来を知るためにしか占いを応用できない日本人は、どうしてもノストラダムスのように、「数年先、数ヶ月先に迫り来る危機」に過敏に反応してしまうところがあります。
東洋の終末思想については、今月発売号の「MISTY」でも、コメントしています。ともかく、「予言」というのは、喉元を過ぎれば忘れられる類のもので、過去に様々な予言があったはずですが、その時期が過ぎると、消去法のように消えゆくものです。ノストラダムスも同様に、7月が過ぎれば、人々の心から葬り去られ、一部の人だけ8月、03年、15年説が待たれるのではないでしょうか。その時、それまで予言にふりまわされていた自分に恥じることがないようにしたいものですね。
先日、VOCE(ボーチェ)でコメントした「白」について、何人かの方にご質問をいただきました。それで、今日は今年の流行色「白」をテーマにしてみました。
さて、白、というと、みなさんはどんなイメージを持ちますか?純粋で、美しくて、さわやかで、そして、染まりやすくて、すぐに汚されやすい色・・・?色のイメージは、民族によって差異があります。白も例外でなく、西洋占星術では白といえば蟹座と月のシンボルカラー。女性性や柔軟さをあらわします。
色彩の感覚は、文化的な違いというより、生理機能の差によるものだという話もあります。つまり、青い瞳で見た「白」と、私たち黒い瞳の東洋人が見る「白」には光の吸収度による微妙な差があり、それが「色の感じ方」の違いになるわけです。かつて日本の浮世絵の色彩感覚が、印象派の画家たちにショックを与えた時代がありましたが、異文化にふれると、その色彩感覚の違いに驚いてしまうことが少なくありません。
私たち東洋人にとっての白とは、どういうものでしょう?男性のみなさんは、毎朝出勤や仕事で、白いワイシャツに袖を通します。その時、「これから闘いだ!」と身が引き締まるように感じないでしょうか?これは、古来の日本の「白」が、陰陽五行と関わりがあり、闘いや武器をも意味する「五行の金」の色に当たるからだともいえそうです。
「金」は、「天」とも関係があり、強さや真実を象徴します。剛柔の「剛」であり、悪に染まらない色、として中国の「論語」にも引用される聖者の「正義」の色です。陰陽でいえば陽、弱々しさでなく、強さを象徴する色なのです。ですから、私たちは、白を「強い自己主張をする」時に使ってみたらいいわけです。
五行の「金」は同時に「言」とも関連がありますので、前述の「告白・白状」は「言葉を発する」ことにつながっています。金=義=言=白の図式があるからこそ、白は「誓い」に用いられたり(結婚など)、白黒はっきりさせるなどと引用されたり、強さ、真実をあらわす時に活用されています。
プロポーズ、愛の告白、企画会議、どうしても一言いわないと気が済まない、なんていうとき、白を着ていきましょう。さて、そんな白が、今年なぜ流行になったのでしょう?・・・不況が長引き、人々は、今、心から強さや真実を求めているのではないでしょうか?
ぽんぽこやまのたぬきさん〜♪おっぱいのんで〜ねんねして〜♪だっこしておんぶしてまたあした〜♪とならないように、なんとか本日中に情報をアップしようと頑張っております。本日は、タヌキの話です。
居酒屋やちょっとした店先でみかける陶製のタヌキ。傘をかぶって、首を傾けて私たちを迎えてくれますが、よく見ると手に徳利と帳簿を持って、すべてがオスだということに気がつくと思います。日本のレトロな風景にお馴染みの、このタヌキ。信楽焼名物ですが、その歴史は意外に新しく、昭和初期に生まれた開運グッズです。そういえば時代劇でみかけたことがないはずですね。
信楽焼のタヌキは、昭和5年、信楽焼の陶工、藤原銕造氏が「狸庵」で生産したのが始まり。以後おみやげものとして作りつづけ、昭和26年、昭和天皇が信楽行幸のおり、「おさなどき あつめしからになつかしも しがらきやきのたぬきをみれば」と御歌を詠まれたのがきっかけで、全国的に有名になったといいます。
このタヌキは当初より開運グッズとして生産され、福徳の「八相」があります。
傘…………人生の風雨、災難を避ける
顔…………愛想・愛嬌をふりまく
大きな目…………世間を見とおす
腹…………太っ腹
徳利…………飲食を楽しむ
大福帳…………勘定をしっかりして信用第一
尾…………しめくくりのケジメをつける
金(!?)…………もちろん金運・・・
タヌキはキツネとともに、日本では身近で親しみのある動物ですが、ショックを受けると失神する生態があって、「タヌキ寝入り」とは、このことを指します。「愛嬌者」「ひょうきんもの」として、キツネに比べて信仰の対象としては陰が薄くなってしまいました。しかし、そうした愛嬌やしたたかさは、お店や商売には欠かせない要素であり、開運グッズとしての地位を固めたものと思われます。
また、余談ですが、なぜタヌキが「ぽんぽこ」と腹ヅツミを打つかについては、フィラリア説が有力です。フィラリア感染症にかかると、末期になると腹水が溜まって膨れあがる様子が伝わったものだといわれています。中国では狸は月の陰の動物で超自然力をもつとされます。
「あっ、ほらほら、見て〜茶柱が立った〜!」
私が子供のころ、そう叫んだら、親から「茶柱が立ったら、黙って飲み干すものよ」と教えられました。みなさんはそんな経験はありませんか?
さて、茶柱が縁起がいいといわれるのは、江戸時代になって、お茶が庶民に普及されてきた頃からのこと。お茶は「薬草」として八世紀頃に中国から輸入されて、江戸時代まで非常な貴重品でした。お茶を栽培して広めたのは禅僧の「栄西」といわれています。以後、武家や貴族の間でお茶の嗜好が広まりました。
茶柱が立ってなぜ縁起がいいのかは、諸説があります。もっとも定説といわれるのは、古事記の中のお話。オオクニヌ
シノミコトがスセリヒメと、結婚して神殿を建てる時、大きな柱を立てて国造りに励んだといういわれからきたものだといいます。イザナギ、イザナミが結婚の時、柱を回ったことでも「柱」が神事と密接な関係があることを示唆するものです。諏訪神社の御柱祭は現在でも有名なお祭ですね。
中国の神話では、天は東西南北の柱で支えられているといいます。世界の各地でも、天を柱で支える神話は数多く残されています。そもそも、私たちは人類未踏の地に立った時、その記として「棒」(旗)を立てますが、その行為は征服と自己領土のシンボルとします。「占」という文字、最初の縦棒は「陽」、横棒は「陰」をあらわすとされていますが、(これ、うちの師匠の受け売りですが・・・^^;;;)縦の棒こそ「最初」の一歩の印であることから、その土地の所有権をあらわす行為として、世界で共通した認識となっています。これはセックスの形態に共通した行為であることも、無関係ではないでしょう。
「柱」は神様の数を数えるときの尊称としたり、神へのいけにえを人柱と呼んだり、特別な意味に用いられます。つまり、茶柱は、やはり縁起がよいということです。一説には、二番茶が売れなくて困ったお茶屋が、「茶柱が立つと縁起がいい」と宣伝して売り出した、という話もありますが、これは、平賀源内が「土用の丑の日にうなぎを売り出した」話に共通していて、ちょっと作り話っぽいですね。
ああっっっ、げんこつやまのたぬきの呪いか、二番煎じのお茶のせいか、メール送信機能が正常に働きません・・・・・。マーシから返事のメールが来ないという方、ぜひメールをください。受信は正常に動いているのです。フロントページもなんだかおかしく表示されるし、相変わらずまったく素っ気のないHPでイラストはないわ、画像はへたくそだわ、こりゃ8月のグランドクロスが近づいているせいですねぇきっと・・・・
寝ぼけた状態で書き始めてしまいましたが、ノストラダムスの月が迫っているということで、一番あせっているのはノストラダムス研究家だという話もあります。それよりも占星術を少しばかり勉強した者なら、気になるのは8月の「不動のグランドクロス」でしょう。不動サインは、固定サイン、定着サインともいわれていて、西洋占星術の12星座を3区分で分けると、活動、不動、柔軟のサインとなり、これらに惑星が固まることをグランドクロス(十字型)といって、凶事のサインとなります。
西洋占星術を、よく知らない人でも、4つのエレメンツ(地水火風)の4区分の分け方があることはご存知でしょう。これらが同じエレメンツに集まるとグランドトリンといって吉事のサインです。これは12星座を360度に分けた場合の角度の問題で、120度を吉とし、90度と180度を凶としる占い方ですが、これは東洋の占術でも十二支の120度を合といって吉とし、180度を沖といって凶とするのと共通で、興味深いですね。
さて、不動のグランドクロスについては、専門的に話すと長くなってしまいますので、今回は8月の運勢の乗り切り方ということで、個人レベルでの注意点をお話したいと思います。不動のサインは十二星座でいえば牡牛座、獅子座、蠍座、水瓶座のことになります。これらのサインの共通点は、「こだわり」「所有欲」「言い出したらきかない」という、いわゆる「定着して動かない思考」を示す星座でもあります。やたらひとつのことにこだわって、徹底的に追求しなくちゃ気がすまない、なんていうのはこの星座の人が多いものです。思い当たる人はいませんか?8月に、これらの星座に惑星をたくさん持っている人は、意識変革が起こることがあるでしょう。突破口としては、「こだわりを捨てて新天地を開拓する」ことになります。つまり、不動のサインで凶事が起こりやすいわけですから、他の活動のサインや柔軟のサインの要素を積極的に取り入れることが開運のキーとなってくるわけです。
ですから、8月のグランドクロスでは、社会現象では、「物事が進展せず、悪い形で長引く」といった現象が出やすいといえます。現在終結に向かっている和平が、思わぬ横やりで暗転したり、ちょっと好転しかかった日本の経済状態がまた逆戻りをしたりしやすいわけです。こういってしまうと、なんだか未来は暗いように思えますが、予言とは、宇宙や自然への敬意を忘れてしまった人間や社会への警鐘といった意味が多分にふくまれるものですから、直截的に捉えず、この機会に、柔軟性をもって今の社会や自分のあり方、生き方を見なおしてみてはいかがでしょう?