1999年・・今週のお得な占い情報


月21(月)福助さんは生きている

昨日は父の日でした。みなさん、お父さんに親孝行しましたか?先週のテーマは父の日にちなんで「父親の方位」ともいわれる西北方位の風水活用について、夕刊フジ紙上ではご紹介しました。こちらのコラムでも、方位では西北を示す易の「乾」の話を書く予定でしたが、パソコンがついにダウン、メンテのためにお休みとなりました。ご愛読のみなさま、お休みしちゃってすみません。今後また「乾」についてはテーマにすることもあると思いますので、のんびりとお待ちください。

さて、本日のテーマはよくみかける開運グッズ「福助さん」のルーツについて。福助さんは、足袋のメーカーで有名ですが、江戸中期に生まれた日本の開運キャラクター。頭が大きく福耳で、子供顔、裃を着てかしこまっている姿を思い浮かべると思います。「水頭症」という障害を持って生まれてきた男性が、そのルーツではないかという説が有力です。

文献に初登場するのが「吹寄叢本(1773)」。裃(かみしも)や座布団が一般に浸透したのが江戸中期頃ですので、その頃に生まれたと考えられています。一番有名なのは京都の呉服屋「大文字屋」の主人であったという説。摂州の農家に生まれた子供という説、滋賀の「もぐさや」亀屋の番頭だったという説などがあります。どの説も、その「福助さん」のおかげで大繁盛したという由来があります。

日本には古来から各地に「福子伝承」がありました。心身に障害を持って生まれてきた子供は「福を呼ぶ福子(ふくご)」として、大切にしたという世界的にも珍しい習慣です。例えば捕鯨の伝統のある地域では「鯨の生まれ変わり」とされ、村中、どこへ行っても歓待されました。そして、日本の各地で、障害者を大切にもてなす習慣は行われていました。

明治維新以降、そうした習慣は「迷信」として排斥されてしまいましたが、民衆の間には根強く残り、その後「仙台四郎」など開運ヒーローを生み出しました。日本のゴッホといわれた画家の「山下清」が、テレビで親しまれるキャラクターとなるのも、こうした日本独自の「福子伝承」がルーツとなっていそうです。福助は、とくに「頭が大きい」「福耳」「ふくよかな頬」「大人になっても子供顔」「ほがらかな性格」は水頭症の症状にあてはまるので、そうした「福相」と「福子伝承」が習合して、現代も生き続けている開運グッズといえそうです。

現代の福祉事業は西洋思想に基づいていますから、非障害者が障害者に「権利や幸福を与える」発想ですが、仏教や神道を基礎にした日本独自の「福子伝承」では、障害者が非障害者に「権利や幸福を与えている」という逆説的発想があります。「かわいそうだから、いたわる」のと、「神からつかわされたのだから敬う」との違いとなります。福助さんは、こうした東洋の発想を、現代の日本人に「忘れないで」と言っているのかもしれません。

そして、現在招き猫や水晶球を「赤い座布団」に座らせるという、面白い開運法がありますが、このルーツも福助さんに赤い座布団に正座させた姿から来たものです。うーん、福助さんって奥が深いですね。

月28(月)水瓶座の時代って何?

夕刊フジで、みなさんからの「開運相談」を連載するようになって、この夏を過ぎると3年になります。この間、やはり400字という制限で、「占い」や「神様」についてご紹介してきましたが、いつも、字数制限のために、おおまかな「答え」しか書くことができません。今回のテーマもそうです。ノストラダスム同様、本が何冊も出せるほどの大きなテーマになると、いったい、どうやって、ご質問のお客様の疑問を解こうかなぁと悩みつつ、連載を続けています。

「水瓶座の時代」というのも、非常に奥の深いご質問です。占星術をまったく知らない人でも、「水瓶座」という言葉はご存知です。雑誌等で流布されている太陽占星術の影響ですが、それをそのまま受け止めて「何、水瓶座の時代?じゃあ、水瓶座の人だけ、何かトクなことがあるわけ?」というイメージを抱いている人が多いようです。そして、「魚座の時代は去った」などというと、今度は「じゃあ、魚座の私はもう日の目はみないわけね」となっちゃう。占星術が、そんな単純なものではない、という一例として、今回も簡単ですが、疑問にお答えしました。

そもそも、よく世間でいわれている「宝瓶宮(水瓶座のこと)時代」というのは、哲学者プラトンが提唱した説といわれています。占星術の起源は紀元前2300年前くらいまでさかのぼることができます。発祥は、バビロニア説や、インド説、エジプト説といろいろですが、主に欧米で発達したために「西洋占星術」といわれています。

よく「占星術は星の動きを基にしているので、科学である」と思っている人もいますが、それは違います。地球から見た星を計測はしますが、実際の惑星の動きには基づいてないので、科学でなく哲学です。例えば、日食、月食は地球から見ると太陽や月が「消えていく」ように見られますが、実際の天体は消えも隠れもしていません。しかし、占星術では、特別な時期として観測します。

さて、水瓶座の時代というのも、もちろん、占星術の理論を基本にしています。春分点、秋分点が地球から見て、72年に1度ずつ(天を360度に分けた場合)黄道(太陽の通り道)と逆に移動していくことから、春分点の位置をもって「●●座の時代」といわれるようになったわけです。一星座を通過するのに、約2200年かかります。

地球は自転していますが、そのさいに、「首振り運動」(歳差運動)が起こります。そのズレにより、そうした現象がおこるのです。牡羊座から魚座、水瓶座…と逆に移動していっていますので、だいだい西暦1世紀から20世紀までは魚座の時代、21世紀からは水瓶座の時代、とわけているわけです。科学的計測を元にしているわけでないので、だいたい18世紀から20世紀にかけて、水瓶座の時代になるだろう、というあいまいな予測の上でいわれていることですが、西暦が始まって2000年間、魚座の象徴である宗教や二面性が交錯した時代でした。そして、私がコンピューターをまがりなりにも使っている時代ですから、
うーん、もう水瓶座の時代には絶対突入しているなあ、というのが私個人の感想です。水瓶座といえば、ネットワーク、コンピューターなどとの関連が深い星座だからです。

さて、実際の宇宙観測では西暦2600年頃、水瓶座の位置に春分点がくるそうですが、水瓶座時代はもう訪れていると見て
いいでしょう。水瓶座時代はネットワークの時代、独創やコミュニケーションを意味しています。これは実際に「水瓶座の人だけいい目にあう」という単純なものでは、とうぜんありません。「水瓶座の資質を活用できる人が時代に乗れる」と解釈すべきでしょう。つまり、水瓶座は自由博愛の精神、友情に関連した星座なので、人のつながりを信じ、平等な考え方の人に時代が
味方する、と考えるのがよいと思います。


7月12日(月)先週の「旅行」についてと、お盆の行事の話


先週のテーマは7〜8月にかけて旅行に行く人についての話でした。7月になって、ノストラダムスについての質問が数多く寄せられたため、似たようなテーマになってしまいましたので、今回は2週まとめてコラムにしました。

さて、またまたノストラダムスの予言「恐怖の大王が空から降ってくる」について、質問へのお答えとなりました。この予言のために、私の知人の中にも、航空機を使う旅行を躊躇している人がいました。恐怖の大王というのは、さまざまな意味でとらえられています。一時流行した「宇宙人襲来説」というのは、最近はSF的発想のため、あまり取りざたされなくなりました。

現在、取りざたされているのは「オゾン層破壊による紫外線の増加」や「軍事衛星によるレーザー攻撃」などが言われています。しかし7月に入ってこの平穏な様子を見ると、あまりこれらのSF的危機はないように思えます。一時は専門家の間で、NATO軍の攻撃が「恐怖の大王」であるといわれていましたが、それも最近、コソボも停戦の様相で危機気去ったように思われます。

どうしても旅行が気になる、出張がある、などで航空機を使うのが気になる人は、7月28日の月食、8月11日の日食を避けて旅行に行ったらいいでしょう。ノストラダムスは、8月11日の日食を占星術で予測して「1,999年7月」の予言をしたものと考えられています。

どちらにしても、これまでにも何度かテーマにしたように予言や予知に振り回されて、日常の行動を制限されるのは、あまり感心しないことですね。7月もそろそろ半ばに入って、「なーんだ、何も起こらないじゃない」と一安心している人もいれば、「いやいや、まだまだこれからだぞ」と意気込んでいる人もいるでしょう。このまま何事もなく、いつもと同じ夏が過ぎていくことを願いましょう。

さて、本日の本題は「お盆」です。お盆には先祖の霊が戻ってくるといわれ、先祖の霊を迎えて歓迎するために、市町村でさまざまな催しが行われます。全国各地で行われる盆踊り、精霊流し、京都の大文字焼きなどの行事も、お盆の風習の一環です。各家庭でも先祖の霊を迎えるためにいろいろな行事を行います。

この風習は仏教が元になっています。お釈迦様が、弟子の1人に「7月15日に亡き母の供養すると母の魂が救われる」、と言われたことが起源です。お盆のことを「盂蘭盆(うらぼん」といいますが、これ)は梵語のウランバナ、からきています。これを訳すと、逆さにつるされた状態という意味です。つまり、お盆は、あの世の魂の、逆さにつるされたような苦しみを、救うことを目的としています。

この逸話で登場するお釈迦様の弟子は目連(もくれん)という人。死んだ母親が餓鬼道に落ちて苦しんでいることに心を痛め、お釈迦様に相談したところ、毎年7月15日に百味の飲食を施せば、過去7世にわたって父母が救われると教えたことをになっています。

この話は、「盂蘭盆経」の一説ですが、この経典は中国で後世の人に作られた、偽の作り話である可能性が高いといわれています。以前、お彼岸の話や、先祖供養の話で述べたように、仏教では先祖供養という概念はありません。儒教の中の家族思想と仏教が結びつき、こうした偽経が作られたものと考えられます。

中国では、父母への「孝」と先祖祭とを明確に区別していて、中国の古典に、「礼記(らいき)」がありますが、その中に「魂は、天に帰り、魄は地に帰る。故に祭とは、これを陰陽に求めるものである」とあります。すなわち、人が死ぬと魂は、天と地のふたつに分かれるので、それをひとつに合わせることが、先祖祭の主眼だったようです。

日本では、推古14年(606)「この年より初めて寺毎に、4月8日、7月15日斎を設しけむ」(日本書紀)とあり、以後の彼岸とお盆の行事に発展しました。日本ではもともと先祖の霊への信仰が厚く、外来文化である仏教の風習と、先祖への供養の風習が組み合わせあり、現在のお盆の風習になったものと考えられます。

最近は夏休みの関係で、月遅れのお盆にさまざまなイベントが行われています。夏祭りのほとんどは、こうしたお盆の風習から生まれた盆踊りでにぎやかに開催されます。徳島の阿波踊り、京都の大文字焼きなども、お盆の代表的なお祭です。今は、たんに楽しくいイベントである夏祭りも、昔はこうした意味の深いものであったことを、覚えておきたいものですね。


7月19日(月)勾玉の話


このところ、夏休みをいただいていたので、その後のメール処理、仕事処理で手一杯で、なかなかHPやメルマガにまで手が行き届きません。メルマガなぞは臨時休止してしまうしまつ。なんといっても、お仕事が一番(本当は睡眠が一番のわたくし)ですので、HPの方は、どうしても、仕事や睡眠時間の余った時の、ぐうたらとしたペースになってしまいます。コラムをお楽しみにご覧のみなさん、今回は3週も遅れてのアップです。おゆるしください。

さて、7/19は不思議な魔よけ道具、「勾玉(まがたま)」の情報について夕刊フジでご紹介しました。さて、勾玉については、さまざまな研究書があり、詳しく語るとなると、膨大な内容になってしまいます。北海道を除く日本と、朝鮮半島の新羅の古墳や慶州で出土されています。石器時代からの古代の道具であり、装身具や呪術に主に使用されました。現在のところ、日本が起源である説が有力視されています。

その形状は独特で、円い頭にしっぽがついたような形をしていますが、この形の由来は、牙説、胎児説、魚説、陰陽(太極)図説、角説、月説等さまざまです。三種の神器のひとつ「八尺曲玉(やさかにのまがたま)」があることでも、古代日本と勾玉は深い関係がありそうです。

生産地として有力なのは出雲地方。現在の「玉作地域」を中心に生産されていたと考えられています。勾玉の「玉」は「魂」のことであり、古代日本人は「玉」つまり、霊魂をたくさん身につけることで、特殊な力が得られると考えていました。日本人がお守りとして身に付ける宝石を「霊魂の一種」と考えていたのは独特の発想です。現代の日本人が「宝石」や「パワーストーン」を身につける時の考え方にかなり特殊な神秘的、魔術的感情が入り混じるのはそうした歴史があるからではないでしょうか。

日本では石器時代の遺跡からも出土しており、古墳時代に多く出土、奈良・平安時代に継承されましたが、一時中世にすたれ、再び江戸時代に一般の間で盛んになっています。石の種類はメノウ、玉髄、琥珀、滑石、硬玉(ヒスイなど)、ガラス、水晶など。硬玉の種類は日本産のものと、遠くミャンマーから輸入されてきたものがあり、石が古くから交易品のひとつであったことが知られています。

勾玉には子持勾玉などの他の種類もあります。勾玉はとくに海に近い地方で珍重された形跡があり、海、つまり月への信仰と深いかかわりがあるとも考えられています。

現在でもいろんなショップで見かける勾玉。日本人の精神に何か語りかけてくるものがありそうですね。あなたもそのパワーに触れてみてはどうでしょう?


7月26日(月)だれもが気になる「運命の赤い糸」とは?


26日のテーマは、だれもが気になる「運命の赤い糸」のお話でした。女性なら、だれもが気にしないではいられない「赤い糸」。結婚相手は前世から決まっていて、ふたりの間には、「運命の赤い糸」が小指と小指で結ばれている、という俗説があります。

意外に信じている人が多いようですが、元は中国の宋時代に顕された「太平広記」の「定婚店」の故事から来ているようです。

「唐の時代に、偉固(いこ)という青年が旅をしていた。宋城というところで、郡守との娘との縁談の話が持ち上がり、青年は喜んで、時間に待ちきれずに逢瀬の場所に朝早く出かけていった。すると月の下で老人がいて、「その縁談は破談になる」と青年に告げた。老人は「冥土の使い」と名乗って、本を携えていた。その本には、結婚は結ばれるべき相手が前世から決まっていて、その相手が書かれている、そして、その相手とは赤い縄で足と足が結ばれている、と説明した。

老人によれば、その青年の結婚相手はまだ三歳の幼女だという。そして、その娘の元に案内した。「あの娘だ」と、貧しそうな老女に抱かれている幼女を紹介した。老人の予言どおり、やはり、郡守の娘はとうとうその場所に現れず、その縁談は破談となった。
「あんな貧しい老女の娘と俺が結婚するのか?!」
青年は非常に怒って、下男に刀で幼女を刺すように命令した。その幼女は、あやうく刃先を逃れたが、額に傷をつけられて、逃げ失せた。青年はその場を去った。

十四年後、青年は、知事の娘と縁談が整い、やっと結婚することになった。相手の娘は十七歳。いつも額に花をつけていたので、青年が訳を尋ねたところ、額に傷があり、三歳のころ、乳母に抱かれていたところ、ある青年に傷をつけられたと答えた。つまり、あのとき傷をつけた幼女と同一人物だったのである」

さて、この故事から月下氷人(仲人)という言葉が生まれたと言われています。もともと、結婚のことを「氷人」といい、唐の「晋書」の故事から生まれたこが「氷人」という言葉です。氷の下が陰で女、氷の上が陽で男、氷が溶けて陰陽が交わることを氷人、というようになったといういわれがあります。それに月下がついたのが、上記の故事からになります。

さて、現代の日本では縄が糸に、足が小指になっていますが、これは小指が指きりの指であることから、こうしたロマンチックな話に生まれ変わったものと考えられます。江戸時代の人相の大家である水野南北は、小指を「信」の指と名づけ約束をなす指と定義しています。

運命の赤い糸…現代でも、とてもドラマチックな言葉ですね。じっさい、結婚とは摩訶不思議な縁で結ばれています。仮にこの故事が根拠のない創作としても、全国の半分くらいの女性は信じているのではないでしょうか。きっと21世紀にも引き継がれていきそうな名フレーズではないでしょうか。


8月2日(月)トイレの神様

8/2は夏の夜の怪談にちなんで、トイレの花子さん、もとい、トイレの神様についてテーマにしてみました。便器から手が出てくる、お尻をなでる、裸でトイレに入ると、トイレ神のたたりがある、など、みなさんはどこかで聞いたことがないでしょうか。日本人にとってトイレは孤独で怖い場所です。近年になって水洗となり、バスとトイレがいっしょになったマンションも見かけるようになりましたが、もともと、お風呂とトイレは、日本人にとって、まったく別の世界。トイレには、厠(かわや)神という神様がちゃんといらっしゃるのです。

トイレは古くは厠(川屋)といって、川の上に建てられていました。三途の川、ともいうように、川は日本人にとって異世界(死の世界)との接点とも考えられ、厠にはあの世に通じる特別な神様がいると信仰されるようになったのです。現在でも、正月にはトイレにもお供えをする家庭も多いでしょう。トイレでお尻をなでられるという伝承は各地で見られ、その正体が河童であったという話が多く残されています。

トイレには多くの禁止事項が伝承として残されています。トイレで唾をはかない、トイレには夜入らない、トイレをきれいにすると、美しい顔の子が生まれるなど、逆にトイレを汚くすると病人が出るなどといわれます。とくに厠神をおろそかにすると、「目、耳、歯」に関連した病気にかかりやすいといわれていて、これは、トイレが排尿排便の「下(しも)」に関連した場所であり、「しも」をおろそかにしたことで、「上(かみ)」である頭周辺に不調が現れるという符号になっています。目、耳、歯、に関連した病気をお持ちの方、ちょっとトイレを掃除して、お供えをしてみてはいかがでしょうか。

言い伝えによれば、トイレを建造するさい、「人形」「鏡」「化粧品」を埋めて祀るといいといわれます。「化粧品」がよいといわれるのは「化粧=化生」つまり、トイレがあの世との接点であると同時に、再生の場所であることも意味しています。これは、出産を一種の「排泄」として、厠神と関連づけているためです。この方法に習って、トイレがなんとなく怖い、気味が悪い、不浄な場所で陰気、といったイメージを持っている方は、こうした品々をディスプレイしてみましょう。


8月9日(月)守り本尊の話

今日のテーマは守り本尊のお話です。日本では失業率が戦後最悪となり、将来に夢のもてない人が多くなる中、心の支えとして神仏に頼りたくなるのは当然ですね。かといって、怪しい新興宗教には何となく抵抗がある、という方のために、今回はみなさんに身近な神仏についてご紹介することにしました。

日本ではさまざまな宗教がありますが、日本神道の場合でしたら、まず「氏神様」を拝んでみてはどうでしょう。親族や親、祖父母が神棚に祀ってある神様、または近所の神社の神様のことです。また、「なんとなくご利益がありそうな」と思われる神社に詣でて、ご加護を請うのもいいでしょう。そのさいは、礼儀作法を守り、神聖な気持ちで詣でてみてください。

また、仏教なら、生まれ年によって守り本尊という、頼りがいのある仏神がいます。
■子年…千手観音…千の慈悲の目と千の慈悲の手をもっており、生あるものを救うといわれています。
■丑寅年…虚空蔵菩薩…知恵と記憶力を増し、巨大な蔵から自在に人々に施しを与える仏神です。
■卯年…文殊菩薩…文殊菩薩の知恵は物事を正しく判断したり処理したりする知恵を授け、弁舌を巧みにしてくれます。
■辰巳年…普賢菩薩…増益と延命をつかさどる仏神です。災いを避けて、長命を授けてくれます。
■午年…勢至菩薩…偉大な威力を獲得したという意味の名をもつ菩薩で、煩悩を取り去り、悟りを開かせてくれます。
■未申年…大日如来…密教において最も尊崇される仏神。宇宙のすべてを明るく照らし、一切の病難を解消し、卓越した霊験を与えます。
■酉年…不動明王…仏教に敵対する怨敵を退散させ、勝負や出世、商売繁盛にご利益をもたらす仏神です。
■戌亥年…阿弥陀如来…迷える人々の苦しみを救うために難行苦行の末に西方浄土(極楽)を開いた、大いなる慈悲を与えてくれます。

また、生年を気にすることなく、近くのお寺、気になるお寺に詣でてみましょう。信仰は苦境の中で自分や人生のあり方に示唆を与えてくれるものです。心身が清らかな気分になり、きっと将来に希望が芽生えてくることでしょう。


8月16日(月)曼荼羅の

頭が夏休みボケのせいか、はたまた強行取材旅行のせいか、一ヶ月も遅れてのアップとなりました。ぐうたら、かつ体力の皆無の私をお許しください、みなさま。

さて、今回のテーマは「曼荼羅」(マンダラ)でした。何かパワーのありそうな絵を飾りたいというご質問の方に、マンダラをおすすめしてみました。みなさんは、曼荼羅をご覧になったことはあるでしょうか?大日如来像を中心として、まるで建物の図面か地図のように、前後左右に様々な仏神が描かれている絵のことです。密教の位置付けでは、様々な修行や実践の中で悟りを得るための「法具」として、とくに真言宗、天台宗で重要に用いられているものです。

仏教の大日如来を配した不思議な図柄でデザインされている「曼荼羅」は、サンスクリット語で「完成されたもの」を意味しています。
スイスの心理学者「ユング」は、「曼荼羅はひとつの個としての人間の完成像であり、すべての道はそこに通じている」と曼荼羅図を絶賛。いったいこの不思議な図柄にどんなパワーがこもっているのでしょうか?

日本では曼荼羅は弘法大師(空海)によって紹介されました。密教の奥義を写したといわれ、その図は大師によって数々の奇跡を呼んだと伝承があります。そのデザインの内容は、宇宙
の真理。曼荼羅の表現には、「大曼荼羅」「三味耶曼荼羅」「法曼荼羅」「カツ磨曼荼羅」に分けられますが、主に絵画で表現された大曼荼羅の「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」が、一般的といわれる曼荼羅です。

胎蔵界曼荼羅は「宇宙の真理」を、金剛界曼荼羅は「真理に至る智恵」を表現したものといわれています。「胎蔵界曼荼羅」は大日経を基礎に、母親の胎内に眠る人間の仏性が、仏の慈悲によって悟りを得る姿を描いたもの。膨大な諸尊を「院」によって分け、森羅万象を表現しています。

「金剛界曼荼羅」は、金剛(ダイヤモンド)のように堅固な悟りの世界を描いたもので、四角に区切られた九つの会(え)から構成されています。そこには大日如来を中心にあらゆる仏神が配置され、独特の仏教世界が花開いています。その配置もそれぞれに深い意味があり、現代の私たちに通じる深遠な宇宙観を見せてくれます。

科学で割り切ることのできない東洋の宇宙観に触れることのできる、密教の「法具」曼荼羅。まっこうくさい、なんて思わず、静かに曼荼羅と向かいあって見つめていると、きっと宇宙のパワーを得ることができるのではないでしょうか。


8月23日(月)蛇の

みなさんは「蛇」というと、「気持ち悪い〜」と思う方ですか?「蛇の夢を見た、大金が入るぞ」という方ですか?

今回は蛇のお話です。一般的には前者の方が多いと思いますが、蛇は世界的に古代から神格化されてきた特殊な動物です。一般的には、蛇信仰は古代エジプトから起こって、世界各地に伝播されたといわれています。エジプトではとくにコブラが信仰の対象となり、みなさんご存知のツタンカーメン王の頭の形が、コブラの頭部に似せているのをご覧になったことがあると思います。

インドでも、やはりコブラが最もたたえられました。神格化したのが「ナーガ」という神様、メキシコでは「ケツアルクアトル(ククルカン)」で、羽毛を持ち、空が飛べる蛇神です。台湾の高砂族の間にも「百歩蛇」の信仰があります。中国神話でも祖先神である「伏犠」「女カ」の夫婦神は蛇身の神です。

日本でも蛇信仰は古代から盛んでした。その理由は第一に心理学でもいわれているように「男性器」に形状が似ていて、セックスのシンボルともいえること。縄文土器からも、蛇の造型がたくさん出土されています。神話でも神が蛇身であるという伝承は多く、奈良の三輪山は明神が「巳さん」であり、山を七巻き半しているという伝承があります。

そして、脱皮して成長することから「変身」「再生」のシンボルともされて、そこから「蛇皮の財布は使ってもまたお金が入ってくる」といって縁起がかつがれるようになったわけです。また、蛇はまぶたを持たず光彩が光っていることや、種類によっては全身が七色に光ることから、太陽神との関連もあるといわれています。そこから、光=金=金運といった図式もうかがえそうです。蛇の夢を見るとお金が入るという発想も、「再生」や光や活力から生まれた迷信といえそうです。何にしても、蛇の夢は縁起がよさそうです。

また、蛇は水辺に生息することから、竜神や水神とも同一視されています。このように古代から神格化されてきた「蛇」。たんに気味悪がらないで、蛇グッズ、蛇の抜け殻など、縁起物として見直してみてはいかがでしょうか?


8月30日(月)パワーストーンの話、およびご愛読御礼

さて、1996年秋から約三年にわたって、占星術、風水や神話、伝説、神仏、開運グッズなどのテーマをとりあげてきた、「マダムマーシの風水開運カルテ」ですが、このたび夕刊フジさんの紙面の改変もありまして、来週より新企画「孫子の兵法」による開運法が始まります。長らくご愛読いただきありがとうございました。

熱心なファンのみなさんの中には、わざわざ切り抜きまでして、スクラップしてくださっていたという話も聞き、感激しています。思わぬロングラン連載として、続けさせていただいているのも、ひとえに読者のみなさんの応援のおかげと、心から感謝申し上げます。

兵法が始まるに際して、最後の話題、何にしようかと思ったのですが、やはりテーマは「パワーストーン」になりました。たかが石、されど石、そして私にとっては、人生でかけがえのないライフワークたる石。石については、語り尽くせないほどの思いがいっぱいです。

それにしても残念なのが、現在の、鉱物やパワーストーンへ対しての一般認識の脆弱さです。日本には「鉱物愛好者」が諸外国に比べて非常に少ないというデータがあります。同時に、パワーストーンというものに対しての誤解もはなはだしく、私なりに「こういうふうにパワーストーンと向き合って欲しい」という思いを、このHPに書き綴ってきました。それには、石をたんなる「モノ」や「自分勝手な欲望を満たす魔術道具」として扱って欲しくない、人間や動物や植物と同じ、自然の産物である石を、自然の美しさを愛するように愛して欲しいという願いが込められていました。

HPも思いがけず、すでに14万アクセスを越え、多くの方々が、私の石を購入してくださいました。いただいたメールも、石への賛歌ともいえるような、うれしい言葉がいただけることが多く、私のこのような思いを、このHPを通じて、少しでも伝えられたのではないかと、応援くださったみなさんに感謝する次第です。

私自身も、最初は「開運のため」にお客様にすすめていた石でしたが、やがてそれ以上に石が人間にとって、様々な役割を負って、みなさんの元にたどり着いていくのを見ていると、不思議な「縁」を感じずにいられません。石は人に「縁」を結び、「悪縁」を絶ち、科学で証明されない「運」に対して、大きな変化をもたらすことができることを、いまさらながらに実感しています。

そして、パワーストーンというと、「ただの石なのになぜパワーが宿っている」のか、と聞かれることが多いものです。必ず私は「石は自然のものだから」と答えることにしています。

水も、海も、山も、太陽も、植物も、動物も、月も、自然と宇宙の創造物です。自然のものはすべて、人間に様様な作用を及ぼします。石と似たものに植物がありますが、植物は私たちの食用となり、薬用となり、そして部屋に花や緑があるだけで、私たちに癒しを与えてくれます。パワーストーンと呼ばれる石たちは、植物と同様に人間に「薬」の効果を与えてくれると考えるのが、わかりやすいのではないでしょうか?

鉱物の不思議さは、自然の偉大さ、美しさを教えてくれます。私の愛読書、「楽しい鉱物学」で堀秀道先生は「子供たちへの教育現場に水晶を」と提唱しています。すべての子供たちが美しい水晶を手にとり、目にすることで、自然を愛する心が育つのは明白。そして、たんなる「鉱物標本」でなく、生き生きとした水晶には、確かに「パワーストーン」と呼ばれるだけの力を、ほとんどの人達が感じることができるでしょう。

石はたんなる「モノ」ではありません。胸に石のペンダントをすれば、それは胸に一輪の花を飾っているのと同じで、見る人、つけた人の心に安らぎと力を与えてくれます。人間と同じ、自然の創造物である石。残念なことに、パワーストーンは「怪しいもの」と思っている人も少なくありません。そういう方はぜひ、無垢の心で石と接してみてください。必ず何かのメッセージを、あなたに与えてくれるでしょう。

これまで、ご愛読ありがとうございました。引き続き「兵法開運法」をテーマに夕刊フジで執筆の予定です。今後も当HPで、つたないながらも解説を続けていきたいと思います。これからも、ご愛読をよろしくお願い申し上げます。

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