●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(1) ●○●
    ――サンクト・ペテルブルグまでの死ぬほど長い道のり

 九月十九日午前十時,私と堀浩樹氏は成田空港第二ターミナルにいた.全ロシア幻想作家会議「ストラーニク」に出席するためである.テロの影響もあってか,成田空港は驚くほど空いていた.
 飛行機は正午に定刻どおり離陸した.それから約十時間,飛行機は順調に飛行を続け,予定通り現地時間の午後五時にモスクワのシェレメチボ2空港に着陸した.今から思えば,これが全行程のなかで唯一まともな飛行だった.以後,我々はロシアの交通でさんざんな目に遭うことになるのだが,それは追い追い記してゆく.
 飛行場に降りると,まず入国審査が待っている.ここで我々は,まず最初の絶望を味わうことになった.
 入国審査の長い列は遅々として進まず,隣で並んでいた中国人などは二時間も待っていると言っていた.
 我々が乗るモスクワからサンクト・ペテルブルグまでの飛行機の離陸は午後七時十分.少なくとも三十分前にはシェレメチボ1空港に着きたい.シェレメチボ2空港からシェレメチボ1空港まではバスで三十分程度,タクシーでも十分〜十五分程度かかる.したがって,ペテルブルグ行きの飛行機へのチェックインがぎりぎりの六時四十分頃になるとしても,六時二五分までには入国審査と税関を通り抜けたい.だが,五時ちょっと過ぎから列に並び始め,六時十分を過ぎても自分の番は遙かまだ先のことだ! どう考えても乗り継ぎには間に合いそうにない! しかし,我々に出来ることは,焦燥感に苛まれ続けるのを,じっと耐えて待っているしかないのだ!
 結局,何とか入国審査を通過できたのが六時半頃のことだった.まだ税関が待っている.大急ぎで自分の荷物を見つけ,税関の列に並んだ.ここは何とノーチェックで通れてしまったのだが,それでもこの時がすでに六時四十分.この時点でもう流しのタクシーや白タクと交渉している時間はない.大急ぎで高い公認のタクシーをつかまえ,大枚四十三ドルを支払い,とにかく時間がないと言って車を飛ばしてもらってシェレメチボ1空港に到着したのが六時五十分過ぎ.離陸まで残り二十分を切っている! 案の定,荷物のX線検査を通り抜けてチェックインカウンターに着いた時には,チェックインの案内はすでに消えていた! 大ピンチである.
 係員にチケットを見せ,パニックを起こしながらも「受付はどこじゃー」と叫ぶ.示された場所で何とかチェックイン.搭乗券をもらってゲートへと向かった時点で七時.脂汗が背中を濡らしている.
 列に並んでいた人に「ペテルブルグ行きか?」と聞いてみたら「そうだ」と答えたので,安心して並んだ.しかし,まだまだ話は無事に終わってくれない.
 何と,そのゲートはプルコボ航空が使っているゲートで,我々が乗るアエロフロートのゲートは別の場所にあるのだと言う.急げ!とばかりに示されたゲートへと向かった.
 それらしき場所に着き,「ペテルブルグ行きか?」と聞くと「アルハンゲリンスク行きだ」と答が帰ってきた.絶対に何かがおかしい! チェックインカウンターまで戻り,係員をつかまえ,搭乗券を見せて「ゲートはどこじゃー」と聞く.すると先ほどアルハンゲリンスク行きだと言っていたゲートが示された.再びそのゲートに逆戻りし,「いったい,どこ行きなんじゃー」と聞くと,「アルハンゲリンスク」としか答が帰ってこない.この時点で時計は七時十分を指していた…….
 終わった…….
 この時,正直,そう思った.
 だが,信じられないオチが待っていた.実は,日本から来た大口の団体客も同じ目に遭っており,その御一行が到着しないので,飛行機は出発を遅らせて待っていたのである! 我々が絶望に暮れていた時,団体客が悠々と到着した.我々が焦ってドタバタ劇を演じていた同じ時間帯に,団体様御一行はのんびりと移動し,何の不安もなくチェックインを済ませて来たのだった.
 要するに我々を待っていたようなものなので,慌てる必要などは無かったのだ.安心するのと同時に,緊張が切れて全ての気力が萎えた…….
 結局,飛行機は約四十分遅れで離陸し,サンクト・ペテルブルグへ向かったのであった.
 ところで,我々にはもう一つの不安があった.飛行機が四十分も遅れてしまったので,ストラーニク側の出迎えが帰ってしまっているかもしれない.そうなると,会場となるホテルへは,いかなる手段をもってしても行くことができるのだが,我々の予約状況がわからない以上,それを把握している人がいない限り部屋に入ることができないのだ! 果たして待ってくれているのか!?
 サンクト・ペテルブルグのプルコボ1空港に到着し,出迎えに来ていたヤナ・アシマリナ氏の姿を見たときには,喜びのあまり飛び上がって手を振り,「ヤナー」と叫んでいた.
 いやはや何ともストレスの多い一日だった.その夜は,深夜過ぎまでバーでビールをガブ飲みすることになった.

次回予告 精神的なストレスの多かったサンクト・ペテルブルグまでの道のり.だが,復路である日本への道のりもまた往路と同じくらい果てしなく長いものだった.次回は「故郷までの果てしなく遠く長い道のり」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(2) ●○●
    ――故郷までの果てしなく遠く長い道のり

 帰りは順調……のはずだった.何しろモスクワでの乗り換え時間が二時間半近くもあるので,バスに乗って余裕で移動できるうえ,今度はいたずらに時間を浪費させる入国審査もない…….
 だが,往路と同じく,復路も呪われていたのであった!
 日本では国際便のチェックインは二時間前から始まるが,ロシアではだいたい一時間前からというのが標準である.我々が滞在したホテルからプルコボ1空港までは車で約二十分程度.それに合わせて出発すれば余裕で間に合う.
 というわけで,楽勝気分でホテルを出発したのであった.車は順調に飛ばし,空港への道をひた走っていた……だが,ここで運転手がとんでもないことをしでかしてしまった! 何と,警官が見ている目の前で,人を跳ね飛ばしそうになってしまったのだ!
 当然,警官に呼び止められ,運転手が尋問されることになった.違反切符で済むのか,連行されるのか,厳重注意で大丈夫なのか,だったらその説教は長くなるのか,外国人たる我々にはまるっきりわからない.もし,連行ということになったら,完璧に間に合わない.ここでも我々はただ成り行きを見守り,待っているしかないのである.五分・十分と経つにつれ再び焦りの感情が…….
 結局,運転手は十五分程度で解放され,我々は再び空港へと向かった.
 空港では搭乗手続きの窓口を探してうろつくことになったが,何とか定刻に間に合い,飛行機に乗り込んだ.
 ところが……飛行機が動かない…….離陸予定時間を過ぎてもピクリとも動かない.そのうちにエンジンが切られ,整備員や搭乗員が慌ただしく動き始めた.整備不良なのか? もし万が一,機体を変えるとか,スケジュールを順延するとなったら…….またまた不安が襲ってきた.機体の整備不良ともなると,先のような処置もまったくあり得ない話ではないだけに,洒落になってない.
 刻一刻と時間ばかりが過ぎて行き,機内は時折,思い出したように「最終チェックに手間取っておりますのでお待ち下さい」というアナウンスがされるのみ.我々はそんな不安の状態で三十分程度待たされることになった.
 結局,機体の自己チェックは何とか通ったようで,三十分以上遅れて離陸した.
 しかし,こんなアホなことがあって良いのか.モスクワでの乗り換えがまたまたギリギリになってしまうではないか.この時点でバスを使うという選択肢は無くなった.白タクをつかまえて値切り倒すしかあるまい.たぶん十二〜三ドルで行けるだろう.そう腹を括った.
 すると,同じ飛行機でシェレメチボ1空港に降りた日本人が我々以外にも二人いたので,四人で公認のタクシー代を分け合うということで話を付け,シェレメチボ2空港に向かった.
 税関は入国時と同じくノーチェックで通過.飛行機の離陸時間も一時間半の遅れと表示されていたので,時間的には余裕である.
 しかし,重大な認識の間違いに気が付いたのだった.入国審査が,一時間以上も待たされるほど複雑化しているのなら,出国手続きも同じくらい時間がかかるほど複雑になっていたのだ! まぁ,それでも時間はあるので待っていようかと思ったら…….
 出国手続きの係員が「東京行きか?」と聞いてくるので,「そうだ」と答えたところ,「時間がないから列を飛ばしてとっとと行け」と言った.たぶん,離陸時間の遅れが伝わっていなかったのだろう.我々にとっては幸運なことなので,言われるとおりに列を飛ばして出国手続きに向かった.
 実は後からわかったことだが,東京行きの便が遅れたのは,我々が乗ってきたペテルブルグからの便が遅れたことにより,「日本人四人の乗り継ぎが間に合わない」という理由によるものだったらしい.結局,我々のせいだったのだ.
 結局,行きも帰りも慌てる必要などはなく,のんびり行っても良かったということになるのだが,そんなことは結果論として後からわかることであり,当事者たる我々としては,決められたスケジュールに間に合わせようと必死だったのだ.我々が感じた緊張と不安は結果的には余計なものだったのだが,疲労困憊・消耗してしまったことは事実である.
 日本に帰ってきた今も,往復時のドタバタを思い出すと疲れてしまうのである.

次回予告 ロシアといえばウォッカ.昼から飲んで潰れている作家達.時には社会的な地位のある人だとは思われず,ただの酔っぱらいとして扱われてしまうこともある.そんなトラブルを紹介.次回は「ヤバイ,コントローリだっ!!!」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(3) ●○●
    ――ヤバイ,コントローリだっ!!!

 ロシア人が二人以上集まると必ずどこからともなくビールが出てくる.四人以上になると必ずウォッカの瓶が出てくる――私の少ないロシア体験から導き出した経験則である.何しろ相手はアルコール分解酵素を日本人の十倍も持っている連中である.半端な飲み方ではない.しかし,そのロシア人達から,「ノリヒロはロシア人よりも酒を飲む」と言われている私の立場って…….
 それはともかく,今回のストラーニクでも,姿が見えないと思ったら次の瞬間には,どこかでビールやウォッカを調達してきて飲み始める人々が続出していた.実は私も移動中のバスでベルモットの回し飲みに加わったり,朝からいきなりビール瓶を「はいっ」という感じで渡されたことがあった.
 で,飲んでしまえばインテリもそこらのおっさんも変わることがない.全員が「酔っぱらい」というカテゴリの中に括られてしまう.今回,このカテゴライズで笑えるのか笑えないのか,よくわからない事件が起こったので紹介する.
 遍歴者賞の授賞式の後には,祝賀パーティが開かれる.私は知り合いを見つけては雑談をするという方法で時間をつぶしていたのだが,同行した堀浩樹氏は作家のサロマトフ氏を見つけ,熱心に話し込んでいた.
 問題はパーティの後,ホテルに移動してから起こった.ホテルのロビーにバーがあるのだが,そこに参加者達が集まってきて二次会の様相になった.その中には,祝賀パーティでさんざん飲んだと思われるサロマトフ氏も混じっていた.相変わらず堀浩樹氏と話をしながら飲んでいる.サロマトフ氏は,その時点ですでに「グデングデン」のレベルを越え,「粗大ゴミ」の域に到達しようとしていた.
 半分寝ているような様子でバーをうろつくサロマトフ氏――たぶんこれを見たホテルの従業員が「どっかの酔っぱらいが建物内に侵入した」と勘違いしたのだろう.警備部に通報されてしまったらしい.迷彩服に軍靴,胸に「Контроль(コントローリ:管理,統制)」と大きく書かれたボディプロテクターを付け,腰には警棒をぶら下げた男が二人現れ,サロマトフ氏の両脇を抱えて連れ去ろうとした.
 慌てたストラーニクのスタッフや仲間の作家達が警備員に駆け寄り,「この人の身元は大丈夫です」とか「この人は私たちが責任を持って連れ帰ります」などと賢明に説明し,やっとのことで解放された.たとえ著名な作家であっても,ここまで飲んだくれてボディプロテクターを付けた男達に連れ去られそうになってしまってはメンツもカタもあったものではない.実際には洒落にならない事件なのだが,有名な作家が警備員に連れて行かれそうになるというシチュエーションが,ちょっと笑える話であったのも事実だ.
 ここまで酔いつぶれるほど飲んでしまえる人っていったい……とちょっとは呆れたが,この場合には飲ませた方にも責任はある.調子に乗って飲ませ続けていた堀浩樹氏に対して厳重に注意したのは言うまでもない.
 しかし,あのまま警備に連れて行かれていたら,いったいサロマトフ氏はどうなってしまったのだろうか? くわばらくわばら.

次回予告 SFの巨匠,サー・アーサー・C・クラークとのインターネットを介した討論――サンクト・ペテルブルグとスリランカをリアルタイムで結ぶという意欲的な企画だったのだが…….次回は「コミュニケーション・エラー(笑)」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(4) ●○●
    ――コミュニケーション・エラー(笑)

 ストラーニクの二日目,実に画期的な企画が行われようとしていた.
 何と,スリランカにいるサー・アーサー・C・クラークと,インターネットを介してサンクト・ペテルブルグとの間でリアルタイム討論を行おうという試みである.確かにカメラとマイクを用意し,NetMeetingを使えば簡単に実現できることなどはわかりきっている.しかし,相手が相手だけに,そしてお互いの場所が場所だけに,実現したときの驚きは大きい.
 というわけで,大きな期待を抱きつつバスで会場へと向かった.会場は,ビジネスセンターを要する超高級ホテルのコンファレンスホールである.我々参加者一行は,ホテルのロビーへとなだれ込んだ.……なだれ込んだんだけど,コンファレンスホールへは行かない…….なぜ?
 スタッフの説明によると,まだ準備が終わっていないので,ロビーでコーヒーでも飲んで待っていろとのこと.あちゃー.
 我々はそのままロビーで待った.十分,二十分と時は過ぎてゆく.企画開始の時間が随分前から決まっていて,しかも何日も前から準備していたはずだ.しかも,NetMeetingなど,誰でも簡単にセットアップできるようなものなのに,何でこんなに時間がかかるの? 何かおかしくない?
 そう思ったので,ストラーニクの企画総責任者であるキリル・コリョロフ氏に「何が起こってるんだ?」と聞いてみたところ,一言「コミュニケーション・エラー(笑)」という答が返ってきた.
 凄いぞ,キリル.お前,こちらの知りたいことに何も答えてないじゃん(^^;).「コミュニケーション・エラー」というのは,果たしてクラーク氏との連絡不行き届きのことなのか,会場側との折衝ミスなのか,スタッフとの打ち合わせ不足なのか,それとも純粋にネットワーク的な問題なのか,何にもわからないぞ.どれか一つが原因なのかもしれないし,最悪の場合には全部が原因なのかもしれないし…….しかも,その最後の「(笑)」っていうのは,一体何なんだ?
 たぶん,たとえ前記のどれが原因であっても,具体的に答えてしまうと身内の恥をさらすことになるので,はぐらかす意図で前記のような回答をしたのだろう.だが,「コミュニケーション・エラー(笑)」という絶妙な答がすぐに浮かんでくるあたり,さすがは才人である(キリルは翻訳や編集部門で何度も遍歴者賞を受賞している).私と堀浩樹氏は,この何の答にもなっていないながら,まずい状況に置かれているということだけはわかるという,この絶妙な回答に爆笑したのだった.
 さて,そのような状態で三十分も待つうちに,一つのジョークが流れてきた.
「実際にはさぁ,クラーク氏が"Hello"と言って画面に出てきた時に,こっちからはこれ(ロシア流の"Ass Hole"のジェスチャー)をやっちまったんだぜ」
 確かに,それを実際にやっちまったら重大かつ深刻な「コミュニケーション・エラー」だよなぁ(^^;).
 そんなこんなで待つこと四十分,何とか準備が整い,参加者が会場に入った.NetMeetingのウィンドウには,動いて話しているサー・アーサー・C・クラークが! 感動だぜぇ!
 途中,通信トラブルがあり,音声は電話で,画像はインターネットでという複合的な方法になったが,それから約一時間にわたって滞り無く討論が行われた.めでたしめでたし.
 今回,スリランカからわざわざストラーニクのために時間を割き,討論に参加してくれたクラーク氏には,遍歴者賞が贈られた.
 しかし,それにしても笑ったぞ,「コミュニケーション・エラー(笑)」.結局,開始が遅れた原因が何だったのか,未だにわかっていないし(^^;).

次回予告 企画の一環として行われたサイン会.それに同行した我々は,スケジュールもよくわからないままネフスキー通りを歩いていた…….次回は「あんた達,何やってんの!?」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(5) ●○●
    ――あんた達,何やってんの!?

 ストラーニクの開催中には,企画としてサンクト・ペテルブルグの書店にて作家のサイン会が行われる.我々も本屋めぐりはできるし,同時にサインも貰えるので非常にありがたい企画である.
 参加者が宿泊しているホテルからサイン会が行われるネスフキー通りまでには,地下鉄で二駅ほどの距離があるのでバスで移動した.まず一件目の書店に入り,しばらく本を物色した.
 で,二つ目の書店へと移動してみたところ……思わぬ事が発覚した.その書店では,マリーナ・ヂャチェンコ氏(右写真)がサイン会を行っていたのだが,我々を発見すると,かなり驚いた様子で話しかけてきた.
「あんた達,何やってんの!? もう終わって帰るのよ.帰りの車が待っているんだから」
「帰りのバスのこと?」
「車よ,車」
「今来てるの?」
「そう,もうホテルに戻る時間なのよ」
「今なの?」
「そうよ」
 実は,車やバスが無くてもホテルへは地下鉄で帰ることができるので,たとえバスに置いて行かれても何の障害にもならない.しかも,スケジュール的には余裕があるので,歩き回る時間はあったのだ.しかし,マリーナ氏には,日本人が地下鉄で帰れるのかどうかもわからないうえ,とうにバスは出てしまっている時間だったので,慌てふためいてしまったのだ.
 しかし,この時のマリーナ氏の驚いた顔は見物だった.何でこいつらがこんな時間にここにいられるんだ?という唖然とした表情と,戻る方法が無いだろうという慌てた表情が入り交じり,何とも言えない複雑な顔つきをしていた.マリーナ氏は写真のとおり,落ち着いた感じがするかなりの美人である.その美人が慌てふためいてパニック寸前になってしまっているわけなので,これには笑ってしまった.まぁ,せっかく心配してもらっているのに,笑ってしまうというのは申し訳ない限りなのだが…….
 そしてこの時,もう一人,慌てふためいていたヤツがいた.ストラーニクの引率スタッフである.日本人がどこかに消え,バスの時間になっても戻ってこない.しかし,バスは発車させなければならない…….いったいあいつらはどこへ消えたんだ? 置き去りにして戻ってこられるのか? などなど,不安でいっぱいになっていたようだ.我々が余裕の表情でホテルに戻った時,引率したスタッフは,本当に安心したような,嬉しそうな表情をして我々を出迎えたのである.この表情もまた見物だった(^^).

次回予告 ワールド・コンなどで行われているというジャパン・パーティ.我々はストラーニクでそれを行うべく,日本酒・焼酎・乾き物類を多種用意してロシアへと向かった.だが,夜の予定は連日深夜まで埋まっていた! 次回は「成り行きジャパン・パーティ」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(6) ●○●
    ――成り行きジャパン・パーティ

 事の発端は,何気無い雑談から始まった.ワールド・コンなどで行われているというジャパン・パーティをロシアでもやってみたら面白いんじゃないかという単なる思い付きにすぎなかった.
 しかし,私はテンションが高い(高野史緒氏談).早速次の日から酒や焼酎の買い出しや乾き物の準備が始まった.
 できる限り日本人が普段から味わっているものを体験して欲しかったので(もっとも,食わされる側には迷惑な話かもしれないが),裂きイカやイカクン,干し貝,乾燥イワシ,柿ピーだのといった標準的なものを用意していった.しかし,それは日本人にとって標準というだけの話であり,独特の臭いがする海産物の乾き物やを欧州人が食べられるかどうかは別の話――正直,こちらの知ったことではない.というか,反応を見て楽しみたかったのである(←悪趣味).
 ロシアの近隣にあるスウェーデンではシュールストレミングなる究極の物を食するが,ロシア料理に出てくる海産物に臭いの強い物はない.せいぜい鯖あたりが限界だし,それもバジルやオリーブオイルで臭いを消してある.
 ロシア人が焼酎や泡盛,刺身類だったら受け付けるということは,すでに実証済みだが,これらは特に凄い臭いを発するというものではない.果たしてロシア人が,独特の臭いを発する日本酒と乾き物に対してどう反応するのか,その点が特に楽しみだった.
 で,そんなヨタ物やおみやげ品ばかりで重たくなった荷物を抱えてサンクト・ペテルブルグへと乗り込んだのである.
 初日にプログラムが配布され,さてジャパン・パーティはいつ行おうかと時間割を見てみると……オイオイ,初日しか空いている夜は無いじゃん.というわけで急遽,我々は招待状を作るべく,メモ用紙を切り始めた.開始時間と部屋番号さえ書いておけばOKだろう…….何とか数十枚分を書き終わり,あとは参加者に配るだけだ.まずはお世話になっているスタッフからと思い,ヤナ・アシマリナ氏(右写真)に渡してみたところ…….
「ノリヒロ,この時間はダメ.今夜はオープニングパーティをするんだから」
 聞いてねーぞ.だいたいプログラムにも載ってないじゃん.
「それっていつまでやるの?」
「たぶん,終わるのは深夜過ぎね」
「じゃあ,そこに日本酒を持ち込んでも良い?」
「良いけど,スピーチと乾杯をするから,しばらくは大人しくしていてね」
 どうやら,私は何か無茶をやらかすヤツだと思われているようだ…….
 二十時からちょっとしたアトラクションが行われた後,シャンパンとウォッカで乾杯した.私も一緒にウォッカを空ける.歓談が始まった.
 そして酒と乾き物が入ったバッグを抱えている私を見たテラ・ファンタスチカの社長ニコライ・ユータノフ氏(ストラーニクの最高責任者)は言った.
「ノリヒロ,もうちょっと待て」
 やはり私は何か無茶をやらかすヤツだと思われている…….(^^;)
 ではしばらくは歓談に徹しようかと評論家のチョルトコフ氏をつかまえ,ロシアにおけるSF評論の現状と傾向を問いつめたところ,「とどのつまり評論活動に必要なのは時間と金だ」という身も蓋もない本音(その気持ちと必要性は理解できるぞ)をぶちまけたので驚いてしまったが,それ以外は無事に過ぎていった.
 時間も適当に過ぎていったので,さてとばかりに日本酒と乾き物をテーブルに並べ始めると,何事かとばかりに人が集まってきた.わざわざこのために用意したのである.ここぞとばかりに持参した紙の皿に乾き物や柿ピーを入れ,酒は「日本の米製ワイン」,焼酎は「日本の米製ブランデー」だと説明して振る舞った.
 驚いたことに,乾き物の評判は良かった.裂きイカやイカクン,干し貝,乾燥イワシなどは,すぐに無くなった.特に独特の臭いがするイカクンが,すぐに消えたのには驚いた.唯一評判が悪かったのは,辛いという理由で柿ピーだった.意外や意外.
 しかし,ウォッカに慣れている人々でも,初めての日本酒や焼酎は飲み方がわからなかったらしく,その場での評判はわりと良かったのだが,後で「頭がグラングランした」とか「手元が怪しくなった」,「目の焦点が合わなくなった」という感想を聞くことになった…….
 深夜近く,ほぼ全員が酔いつぶれ,人々が徐々に消えていく中,日本酒も空になったので,余った柿ピーは放ったままにして我々も部屋に帰った.

次回予告 今回記したようにロシア人はやっぱりアルコールに強い.しかし,時には平気で行動不能になってしまう人もいる.極端な例では,朝から一日中使い物にならなくなってしまう人すらいる.次回は,「この人って本当にあの作品を書いた人?」.


●○● ロシア・ヴァカンス・ツアー報告(7)――最終話 ●○●
    ――この人って本当にあの作品を書いた人?

 ロシア人が酒に強いというのは事実だが,際限なく飲むため平気で潰れてしまうという話をこれまでにいくつか紹介した.今回は,特に物凄い人の例を紹介する.
 今回,ストラーニクに期間を合わせて,イギリスのSFイラストレータであるジム・バーンズ氏と,ロシアのSFイラストレータであるヤナ・アシマリナ氏の共同展覧会が開催された.二日目の午前中,その開幕セレモニーがギャラリーにて行われるとのことで,参加者が一同に介した.ロシアで行われるこの手のセレモニーには,当然のごとくスピーチと乾杯が待っている.皆がシャンパンのグラスを手に持ち,「ウラー」の掛け声とともに飲み干す.その後は落ち着いて絵の鑑賞……となれば理想的なのだが,それではおさまらない人も当然のごとくいる.
 第一,絵画鑑賞する時間のはずなのに,なぜ次々とシャンパンの栓を開ける音がするんだ! オイオイ!
 結局,一時間の鑑賞時間の間に酔っぱらいが続出する結果となった…….だいたい,こーゆーことをしたら,いったいどういう結果になるのか,主催者側は十分に知っているはずなのに,なぜにわざわざこーゆーことをするんだ?
 で,特に凄かったのは,ヴャチェスラフ・ルィバコフ氏(右写真)である.
 ルィバコフ氏の社会的な評価を知らないと,以下に記す同氏の行状とのギャップが際だたないので,ここで簡単に紹介しておく.同氏は,ロシア科学アカデミーの中国文化研究員にして,かの名作SF映画「死者からの手紙」の原作者であり,小説は各SF賞を何度も受賞しているという実力者である.また,今年はホリム・ヴァン・ザイチクによる歴史ミステリのアイデアをリライトするという意欲的な試みを行い,同書を大ベストセラーにしてしまっている.読者からの支持を多く集める人気作家として不動の地位を得ているにもかかわらず,それでもなおかつ挑戦する意欲を失わない,まさにロシアSF界における「知の巨人」なのである.なお,同氏には来日経験もあり,短編「文化を担うもの」が日本語に訳出されたこともある.
 さて,問題はその「知の巨人」の行状である.この人がいったい何杯のシャンパンを飲んだのかは知らないが,四十分を過ぎる頃には酔いつぶれて完璧に眠ってしまっていた.ルィバコフ氏はスタッフによってそのままホテルへと連行され,日中の企画には全く顔を出すこともなく,その日の夕食時まで姿を見ることは無かった…….もっとも,夕食後には再び潰れたようだが…….
 ちなみにこの人には,私が知るだけでも数知れない前科がある.昨年のストラーニクではネスフキー通りで飲んだくれて千鳥足でうろつき回った挙げ句の果てにバスに置いて行かれ,一人でホテルに戻ったということをしでかしてしまっている.さらにその前の年には,私の部屋に女性数人を引き連れて乱入し,思いっきり騒いだということもあった.さらにその前の年には……(さすがにこれは書けねぇ)……という最低なことをしでかしたことすらある.そして来日した際には泡盛の瓶を一気に飲み干し,ウォッカで潰れて畳でゴロ寝してしまったということもあった.
 何だか悪い話ばかりを書いているようだが,(飲んでさえいなければ)本人は実に穏やかで明るく社交的で,しかも非常に頭が切れるという尊敬すべき人である.飲んだ後の困った行状を除けば実に完璧で申し分の無い人なのだが……,これはいったい何でなんだろーねー.

終わりに 今回の報告では,余計なこと,不真面目なこと,本質とは全く関係の無いこと,書かない方が良いこと,できれば書かない方がマシなことのみを記するようにした.コンファレンスや遍歴者賞などの報告については,気が向いたら表のページで行うかもしれない.