2002/3/30(土)

 ウズベキスタン映画祭にお手伝いとして参加(他に高野史緒氏、大山博氏、井上徹氏らが参加)。とはいえ、上映された作品は観た。
 今日の作品は、ユスプ・ラジコフ監督の「演説者」と「女の楽園」。ちょっと厳しい内容の映画だった。
 それとは別に、おめでたいお話も発覚。試し割用の板を調達しておかねば……(^^)v。いやー、めでたい話じゃ。詳細は本人の了承を得てから追って報告しよう。


2002/3/31(日)

 武具店に寄って試し割用の板の値段を確認し、そのまま引き続きウズベキスタン映画祭にお手伝いとして参加。今日は中村融氏が観に来られていた。
 今日の作品は、「チミルディク」、および「UFO少年アブドラジャン」の監督であるムサーコフ氏の「オイジョン(母)」と「超能力少年ダニヨル」。「オイジョン(母)」は、テーマに対する製作者側の解答に疑問が残るものの、私の個人的な事情にしっくりとハマってしまったため、インパクトは強かった。
 ところで、今日、会場に来られた方々は、青いウズベクの民族衣装を着て会場を闊歩しているスタッフを見かけたことだろう。実は、あれが私だったのである(^^;。


 4/1追記.その青い民族衣装を着て,高野史緒氏と「ハイ,ポーズ」をやっているのが右の写真(クリックで拡大)である.


2002/4/2(火)

 3/31に観た「オイジョン(母)」のことを未だに考えている.
 我が同志・高野史緒さんによると,私の個人的な事情があるにしろ,作品から何かを感じてしまっている時点で制作者側の意図に乗せられているということになるのだが,作品の背景と私の個人的背景が多くの点で一致してしまうので,どうしても切り離すことはできない.
 本作品は,親と子という難しいテーマを扱った作品である.正直,制作者が本作品で用意した答には,大いに不満がある.正面から答を出すことなく,安直に逃げた挙げ句,見方によっては非常に残酷な結末にしてしまっているのだ.そういう意味で,本作品の出来は,正直,良いとは言い難い.実際,観ていて結末はつらかった.
 しかし,である.たとえ本作品の出来が悪いにしろ,制作者側から突きつけられたテーマについて考えることだけは止められない.なぜなら,先にも記したとおり,本作品のテーマは,多くの点で私にとって切実な問題であるからだ.
 では,もし私だったらどんな答が用意できたのか,制作者側がどんな答を見せてくれたら自分は納得できたのか,考えが止まらず,悩んでいる.
 私のこの悩みは「オイジョン(母)」を観た人にでないと説明できないが,あまりお薦めできる作品というわけでもないので,その点もまた悩ましいところだ.

4/4 各作品にリンクを張った.


2002/4/4(木)

 4/2の件に関して,高野史緒さんは,ウズベキスタン映画祭2002レポートの中で,私が「オイジョン(母)」を観て考え込んでしまったことを,

 戦争で心身ともに激しく傷ついた人は、見るからにちゃちなおもちゃの銃にさえも動揺するかもしれない。そういう感じ。
と評しているが,さすがに作家さん! 的を射た表現だ.
 「オイジョン(母)」の中で示されたテーマは,私にとっては切実なものでありすぎたのだ.繰り返しになるが,それゆえに私はテーマに対して深刻にならざるを得なかったわけだし,安直な結論に対して納得できなかったわけなのである.
 この先は,個人の事情を延々と吐露することになるので割愛するが,そういうことである.


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